|
菅首相の「脱原発」声明は、再生エネルギー法案の審議を翌日に控えてのタイミングでなされたこと
から考えても、並々ならぬ決意表明であったことがわかる。再生エネルギー法案が通れば、自動的に太陽
光発電が本当に普及するかどうかは確実とは言えないであろう。つまりは、国民一人一人が多少の費用を
かけても太陽光パネルの購入に協力するかどうかがその鍵を握っているということではないのか。
だとすれば自然エネルギー産業が、今後興隆してゆくかどうかについても、国民的気運の醸成による国民
的需要の増大が必要条件であるということではないのか。そういう意味でも、菅首相がG8サミットでの
「太陽光1000万世帯構想」を提示し、さらには「脱原発」声明は、太陽光パネルを普及してゆく上で
も、大きな経済効果をもたらす発言であったと言うべきではないのか。
特に個別住宅における太陽光パネルの普及は、その普及速度次第によって、コストダウンが生じ、新たな
るイノベーションを加速する可能性も大きくなるはずだ。たとえば家屋の新築を考えている人がいたとし
て、「この際、太陽光パネルを設置してみようか」と思う人がどんどん出て来てくれないと、普及は遅れ
てしまうということになる。また隣の家に太陽光パネルが設置されたということになると、「うちも太陽
光パネルを設置してみよう」ということにもなろう。そういう国民的気運が醸成されてこそ、再生エネル
ギー法案の成立が大きな意味を持つのではないのか。
「太陽光1000万世帯構想」にしても、この数字を厳密に評価する視点も無駄とは言わないが、「これ
からは、全世帯の屋根の上に太陽光パネルが設置されることを目標にしたい」と言えば、国民の受け止め
方も違ってくるだろう。つまり「国民的需要の喚起」ということも含めて「政治の仕事」として位置づけ
るべきなのだ。
よく「太陽光1000万世帯構想」に対しても「脱原発」声明にしても、具体的工程表の裏づけのない、
菅首相の「思い付き」にすぎないという批判があるが、首相発言の経済効果という視点が全く欠落してい
ると言わざるをえない。菅首相の発言の意義は、「国民全体が共有するべき課題」「国民全体が取り組む
べき目標」をハッキリさせた点にある。
|