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脱官僚を標榜した民主党政権が、行き詰ったのは菅総理のリーダーシップの問題ではありません。 |
政権交代の意義
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政権交代は、政界の新陳代謝のシステムだ |
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民主主義の最大の使命とは、「政権(権力)を樹立すること」にある ヨウスケ
2010年4月4日(日)21時56分 ーウォルフレン論文の意義と価値ー
民主主義については、「言論の自由」とか、「権力批判の自由」とか、いろいろなイメージが 付与されているが、日本国民、特にマス・メディアが忘却している点が、「政権(権力)を樹立
すること」こそ民主主義の最大の使命であるということである。これは戦後民主主義のオピ
ニオン・リーダーたちが、「権力批判の自由」に自己満足して、長期・保守政権を許して来た
からにほかならない。本来ならば、もっと早く革新政権を樹立していなければならないのに
もかかわらず、それだけの民主勢力(政党)が育たなかったところに大きな要因がある。
つまり保守政権があまりにも長期化したために、日本のマスメディア・ジャーナリズムが、 民主主義とは「権力を批判すること」にあると大きな勘違いをしてしまったのだ。
民主政治の原理原則をもっとも端的に示した言葉は、リンカーンの「人民の、人民による、 人民のための政治」ということである。これは「人民が樹立する政権(権力)による統治」
ということではないか。
17年前の細川・八派連立政権の失敗の後、ようやく民主勢力は、民主党という中核政党 に結集し、政権交代という歴史的事業を実現することができたのだ。
ウォルフレンと日本の知識人・ジャーナリストたちのスタンスの違いは、ウォルフレンにと って、民主主義とは「人民の政権(権力)を樹立すること」にあると認識しているからにほか
ならない。日本の知識人・ジャーナリズムの民主主義観は、政権交代という歴史的課題が
達成されたにもかかわらず、民主主義の本質は「人民が政権(権力)を樹立すること」
であることがまったく自覚されていない。あいかわらず「権力を批判・監視すること」が、
民主主義の本質であり、マスコミの役割であると思い込んでいるようだ。
政権交代が実現したときこそ、民主主義の本質とは「人民が政権(権力)を樹立すること」 にあることが、国民的に自覚されなくてはならない。なぜなら自民党・長期政権時代におけ
る総選挙には、「政権選択」選挙としての意義に乏しく、政権・与党である自民党の議員た
ちにも「政権の維持・運営」という意識しか持ち得ないからである。前政権の継続・維持・
運営が、自民党政治家の役割であり、彼らには「(新たに)政権(権力)を樹立する」という
自覚も、気概も必要としない。
今民主党が直面している課題は、まさに民主主義の本質である「人民の政権(権力)を 樹立する」という課題である。それは、同時に国民全体が、半世紀ぶりに直面している課
題なのである。
ここ20年近く自民党の政治家たちがやって来たことは、「政権(権力)を維持・運営する こと」であり、現在、民主党の政治家たちがやろうとしていることは「新たに政権(権力)を樹立すること」
なのであるから、全く違ったレベルの課題に直面しているということなのである。
民主党が、「権力を批判すること」だけに自己満足する万年野党からの脱皮に成功して 「権力を樹立すること」にチャレンジしているところであるにもかかわらず、マス・メディアは
それに付いて来ることができず、相変わらず万年野党的に「権力を批判すること」で自己
満足しているというのが現状ではないのか。
日本の国民も、マス・メディアもしっかり自覚しなくてはならないことは、「政権選択」をする ということは、「新たなる政権(権力)を樹立する」という大きな決断をしたということである。
日本国民に「新たなる政権(権力)を樹立する」能力があるのかどうかが問われているので
あり、マス・メディアもその役割の一端を担っているという自覚が必要なのだ。ウォルフレン
論文の意義と価値は、民主主義に対する本質的な問いを、日本国民に突きつけたところ
にある。
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2010年3月9日(火)10時06分 |
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2010年2月12日(金)11時08分 |



