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生方問題と民主党の行方 ヨウスケ
2010年4月4日(日)10時07分 最近、日中戦争に関する本を読んでいたら、満州事変の4年後、シナ事変の2年前、
昭和10年に中国共産党が全中国人民に発した抗日救国宣言(八・一宣言)を読んで
大きな感銘を受けた。
丁度、生方問題でゴタゴタしていた真っ最中であったこともあって、現在の民主党議員 たちにもこのような心構えが非常に重要ではないかと思った。古今東西の時代と地域を
越え、イデオロギーを越えて、政治運動の本質を言い尽くしてあまりあるものではないか。
「今、わが国家、民族に滅亡の大禍がさしせまっているとき、 ・・・・あらゆる政党・政派の間に過去・現在を通じて、どのような政見や利害の不一致が あろうとも、各界の同胞の間にどのような意見や利害の相異があろうとも、
あらゆる軍隊のあいだに過去・現在を通じてどのような敵対行動があろうとも、 すべてのものが 『兄弟は、家の中ではケンカをしていても、外に対しては一緒に侮りをふせぐ』 という心からの自覚を持たなければならない。」 (八・一宣言「抗日救国の為に全同胞に告げる書」)」(1935年(昭和10年)8月1日) 民主党が、今後も政権政党として成長してゆくためには、 『兄弟は、家の中ではケンカをしていても、外に対しては一緒に侮(あなど)りをふせぐ』 という心からの自覚がなければ、政権政党としての責任をまっとうすることはできない のではないか。
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民主党政権・小沢幹事長問題
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民主主義と専制政治 ヨウスケ
2010年3月26日(金)14時45分 以前にも述べたが「戦後の民主化」「戦後の民主改革」の時代は同時に、その半面において
「マッカーサーの専制政治」「GHQの専制政治」の時代であった。
農地改革・財閥解体・民主憲法(平和主義・基本的人権の確立・象徴天皇制)・東京裁判に おける軍国主義の清算など、戦後改革のほとんどは、これらの占領統治下における強権的な
「GHQの専制政治」において、実現・達成されたものであった。
この時代は、憲法上は「言論の自由」は保障されていたが、事実上、検閲は行われていたし、 言論統制も行われていた。
この5年間に及ぶ「GHQの専制政治」によって、戦後民主主義の土台は確立したのである。 日本国民は、民主的改革を歓迎した反面、GHQの専制政治を5年間にわたって辛抱もしたの
である。
生方氏は、「地方主権改革を実行しようという民主党が、中央集権的な政党になっているのは、 自己矛盾ではないのか」と言っているようであるが、政権移行期における過渡的な体制について
の認識ができていない。
政権・与党の政調会が、族議員の利権の温床となり、政・官・財の癒着によって、内閣が身動き 取れなくなってしまったというのが自民党政権の教訓ではないのか。
渡辺恒三氏や田中真紀子議員などが画策している政調会の復活は、あきらかに旧自民党の 族議員のシステムとしての政調会であろう。
これに対して小沢幹事長の政権構想は、政府(内閣)に民主党の優秀な人材を送り込み、与党 の政調会が政府(内閣)の意思決定の足を引っ張ることがないようにするということであろう。
また与党からの政策要求は、政調会が官僚に取り込まれる可能性を遮断し、幹事長室が一元的
に行うというものであろう。ここに幹事長独裁の批判を受ける余地があるということになるが、一方、
優秀な人材が内閣に送られており、また党に残った人材の多くは政権運営の経験にも乏しい点もあり、
幹事長室への一元化も、一つの方法であろう。
しかも、三党連立の状況下で、与党の政調会がしかるべき権限を持って、その権限を行使すると いう状況は、やはり無理があるというものだ。
そういう意味での妥協策としての政策研究会(権限を持たせない)の設置は、現状においてやむを えぬものだろう。
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2010年3月20日(土)20時43分 |
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2010年3月19日(金)10時32分 |

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2010年3月7日(日)20時59分 |



