出会いの風景

日常の出来事、出合った、風景等の 回想文等を書いてみたい。

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米沢藩主上杉家の墓所累代の米沢藩主の墓所は杉の木立が鬱蒼と。廟屋が並び市民は廟屋又は御廟所と呼ばれておるそうです。。

参道の両脇をかためる杉の木立は心が引き締まる思いでした。。
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墓所の説明書き
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案内版に見入る若いペアーの観光客 
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毘沙門天の旗印御門 
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参道の脇には確り積まれた石垣の側溝。。綺麗な清流が流れている 
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墓前には木製の確りした座所 
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鬱蒼と生える木立は杉の巨木 
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墓石は謙信公中心に左右に二代三代と順に並んでいました。。
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四月からNHK大河ドラマは米沢藩の景勝の重臣。。知将、直江兼続の事が放映される。。

子供の頃。。「「置賜出身の祖父」」に折に触れ聞かされた昔話。。

知将直江兼続 1601年会津から米沢に移った時、兼続の指揮の下に城下町の基礎が築かれたと聞かされたものです。。豊臣秀吉からも信頼されていたと聞いてます。。秀吉から信頼されるだけの人物故。。藩地を加増されたとか。(あくまでも慶応3年生まれの祖父の話し故)

その昔。祖父の実家の広い屋敷の垣根にはお茶や、ウコギ植えられ。。芽を摘んで頂いていた。。此れも当時の知将直江の指導の名残りだとも聞いております。。

鯉の養殖も大きな池があり湧き水は三尺掘れば湧き。。台所には湧き水を流し其処で食器等洗い。。食器から洗い落とした残飯等が鯉の池に流れると言った合理的な指導などもしたようである。。質素倹約もモットウでもあったらしい。。。風呂の水もその流れから汲み込んでいた。。其処で泳いだり、私達はお邪魔するとそれが楽しかった事を覚えている。。今はすべて近代化されていますが

祖父の実家には殿様に献納したと言う殿様梨と呼ばれていた木があった事も覚えております。。

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