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どなたかの紹介で、
JR福知山線事故の生存者、吉田恭一さんの
【2005年4月25日 福知山線5418M、一両目の「真実」】の記事へ飛び、
長い長〜い手記を拝読。
神妙且つ真剣に拝読。
10年前の4月25日、
たまたま一輌目の車輌を選ばれた吉田さん。
一輌目の後部、四人掛けシートを選ばれた吉田さんの手記は、
「吉田恭一 一両目の真実」のキーワードでご覧頂けます。
(ブログやサイト巡りのブランクが長く、細かいマナーを忘れてしまったので、
ご本人に無断でURLを張っていいものかどうかと迷い、キーワードだけでご勘弁を)
ふーっと息をつき、Yahooのトップページを覗く。
と、と、おっとっと、
特急衝突寸前 距離わずか93m の見出しがあるではないか。JR長崎線の特急電車同士が、あわや正面衝突!
互いに停止する特急電車、その距離わずか93m。
原因は、
運転士とJR九州指令との間の情報伝達ミスだとか。
ついさっき読了したばかりの吉田恭一さんの手記によれば、
福知山の事故現場の手前で特急電車が徐行したのは、
事故車輌のぶつかった衝撃でたまたま信号が赤になったから。
福知山の事故現場の手前で特急電車が停車できたのは、
たまたま事故を目撃した女性が踏み切りの緊急信号のボタンを押したから。
あらかじめの徐行が緊急停止を無事にさせたとはいうもの、
結果として多重事故を防げたとはいうものの、
最後部車輌の車掌は何をしていたのでしょう。
事故電車に乗り合わせていたJR西日本の乗務員2名が
いつの間にか消えていたとか(「逃げた」と表現のマスコミも)、
ぼうぜん、うろうろする車掌の姿が多くの乗客に目撃されていたとか、
事故後、車掌は入院つまり隔離されてしまったとかいう当時のニュースを
吉田さんの手記を拝読して、あらためて思い出す。
やがて、被害者を見舞いはじめたJR西日本のトップ。
彼が吉田さんのところへ来たのはだいぶあと。
なのに、
その時点でも彼は車掌からの情報を把握出来ていなかったとか。
なんせ組合が四つもあって、ある意味トップも大変らしく。
それにしても、あれから10年。JR西日本とJR九州。
西日本と九州の違いはあれど、
JRの危機管理意識とその教育は、見直しも徹底もされていなかったんかなぁ。
過剰な権利意識ってどうなんだろう。
時として、
義務意識や責任感の成育を妨げることもあるんじゃないかなぁ、と呟いてみる。
そして、
同じことはスパルタ教育や恐怖政治にもいえるよなぁ、と再び呟いてみたよ。
スパルタ教育や恐怖政治への抵抗が過剰な権利意識を生む土壌になり、
過剰な権利意識をコントロールするために、よりスパルタになり、
より恐怖政治を敷くことになるのかもしれない。
難しいもんですねぇ、とラストの呟き。
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