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真言宗十八本山巡拝の旅は今回の高野山参拝で終わりです。無事にお参りを済ますことが出来ました。いろいろな所へお参りしますので楽しみですね。見聞も深まりますし、美味しいものも食べられました。・・・ということで余談です。
昼食です。 遅くなりました。 13:05
精進です。
食事の後は・・・お土産・・・です。
お参りを済ませて帰路〜
柿の葉すしが名物ですね。 16:50 柿の葉寿司に巻き寿司・・いろいろ お酒も・・・ バスの中です。 バスは・・・日の丸・・・です。
・・・加筆・・します。
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真言宗十八本山巡拝
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真言宗十八本山の巡拝もいよいよ最後の高野山です。奥の院にお参りした後、昼食を済ませて、金剛峰寺にお参りしました。
高野山は、和歌山県北部、周囲を1,000m級の山々に囲まれた標高約800mの平坦地に位置しています。100ヶ寺以上の寺院が密集する、日本では他に例を見ない宗教都市です。真言宗の宗祖である空海(弘法大師)が宗教活動の拠点とした寺であり、真言密教の聖地、また、弘法大師信仰の山として、21世紀の今日も多くの参詣者を集めています。2004年(平成16年)7月に登録されたユネスコの世界遺産の一部です。
第18番 高野山 金剛峰寺 高野山真言宗総本山 本尊 阿閦如来
内部は撮影禁止です。
新別殿の大広間 ここで休憩です。干菓子とお茶をいただきました。 蟠龍庭 (ばんりゅうてい)日本最大の石庭 白い小石で表現した雲海の中を雌雄2匹の龍が奥殿の建物を守っている姿を表現しています。
大伽藍へ
紅葉がきれいです。
御影堂
御影堂前でお勤めです。
金堂(本堂)
大塔の前で集合写真です。
何を探しているのでしょうか?? 3本の松葉
無事 お参りが済みました。お大師さまありがとうございました。
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高野山は、約1200年前の弘仁7年(816)に弘法大師空海が開いた真言密教の修行道場であり、高野山真言宗の総本山です。真言宗開祖である弘法大師空海が眠る奥の院は御入定のあと、その弟子たちによって、建てられました。高野山奥の院へは一の橋、中の橋の2つの参詣ルートがあります。奥の院まで続く参道は樹齢数百年を越える杉木立が続き、数多くの歴史にゆかりのある人物の墓石や供養搭、祈念碑、慰霊碑などが立ち並んでいる霊地です。
説明と注意・・・
ここから先は 撮影禁止・無言・・・
お大師様の霊廟・灯籠堂のお参りをしました。
水掛け供養
奥の院のお参りを済ませました。
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お参りでの楽しみは昼ごはんです。今回はこのホテルで昼食です。
本日のメニューは・・・・。
このあと・・・・カメラが不調になりました。 ピンボケから・・写りが悪くなりました。
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真言宗十八本山の巡拝も十七番の根来寺です。10/22にお参りしました。UPが遅れていました。
第十七番 一乗山 根来寺 新義真言宗 総本山 本尊:大日如来
本堂
本堂内でお勤めです。
大師堂 大塔の西南に建つ桁行・梁間(はりま)とも三間の宝形造(ほうぎょうづくり)、本瓦葺(ほんがわらぶき)の建物です。内部の後方に寄せて来迎柱(らいごうはしら)を立て、仏壇を構え、春日厨子(かすがずし)に弘法大師を安置してあります。一辺8.7メートルほどの小規模で簡素な堂です。(重文)
大塔 (国宝) 12本の柱で内陣(ないじん)を円形に囲み、中央に4本の柱を立ててこの間に本尊を安置する真言宗の大塔の形式を伝える総高36メートルの大規模な多宝塔です。
光明真言殿 覚鑁上人〔興教大師〕を祀る廟であり、本坊の西に並んで建つ。桁行五間、梁間四間の外陣背面に、奥行五間、梁間二間の内陣を突出させる。正面に向唐破風付の向拝を設け、入母屋造、本瓦葺、内陣は妻入りとする。側廻りに蔀戸や舞良戸を用いた、閑雅な住宅風の大規模な建物で、文化元年(1804)、本坊とともに落慶供養が行われたと伝えられています。
庭園(国の名勝) この庭園は奥御殿(焼失)の北西方に社尾山の鬱蒼たる樹林を負い、奇岩怪石を縦横に配置した池泉式蓬莱庭園(ちせんしきほうらいていえん)です。享和元年(1801)に紀州家の吹上御殿御座所(ござしょ)がここに移築されることとなり、同時に計画され御殿の落成に引き続いて築造されたものと考えられています。この庭園の中心となるのは奥書院庭園で、奥書院から眺める観賞本意の庭であります。奥書院から裏山いっぱいに造られた池と山の斜面をうまく利用した庭園であります。
根来寺は覚鑁(かくばん)上人〔興教(こうぎょう)大師〕が大治元年(1126)、この地に鎮守の祠(ほこら)と僧房を建てたのがはじまりと言われます。のちに、高野山内衆徒との教義上の対立などから高野山を下り、根来で新義真言宗総本山の基礎を築く。室町時代末期には領地七十二万石、子院数2700を数え、鉄砲隊を持つ「根来衆」は数万にも及び隆盛を極めた。天正13年(1585)、羽柴(豊臣)秀吉の根来攻めで伽藍(がらん)や子院のほとんどを焼失。焼失をまぬがれた大塔(国宝)・大師堂(重要文化財)以外の建物は、江戸時代に復興したものです。桜の名所としても有名です。不動堂・光明真言殿・大門・大伝法堂は県指定建造物、根来寺庭園は国指定名勝。
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