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ベトナム

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ベトナムでの国際協力活動を紹介しています。
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アメリカの影

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フエからハノイの空港に到着した際に、他の機体と場違いなように感じた機体があった。
米国の軍用機である。

以前はこのような飛行機など民間の空港で見かけることはなかったので、
今回は少しびっくりした。

機体には確かに US Air Force の文字が記されている。
米国の国際協力にはこのような協力もあるのかと感じた。

ベトナムでは米国のNGOも多く活動しているが、一度起きた戦争の爪痕をいやすことの難しさを感じる。
日本も中国や韓国、その他アジアの国々からは未だに慰安婦問題、歴史問題や教科書問題といったふうに、
様々な側面で突き上げられることが多いが、米国やドイツなどの国はまた違った対応の仕方をしているようだ。

米国のベトナムに対する国際協力は、ベトナム側から戦争に対する謝罪や賠償を求めないといったことを条件として行われるという報道もあった。
日本の戦後賠償の仕方とは、こういった点で全く異なると思う。

第二次大戦においては米国は戦勝国の一つとして国連でも大きな発言権を持っているが、
ベトナム戦争に関しては様々な理由があったとしても、米国が負けたことは歴史的な事実だ。
それでも戦後賠償も謝罪もすることもなく、したたかな戦略をもってベトナムに向き合っているということだろう。

一方で日本は第二次対戦に敗退して以来、60年以上過ぎた今でも謝罪やら戦後賠償やらを求められ、
何度謝罪しても巨額のODAを実施しても、半日感情が収まることはない。
最近では米国からさえも慰安婦問題を認めろといった要求もある。
いったい何度謝罪したら済むのであろうか、米国のベトナムへの対応策とは大きな格差を感じる。

続く

フエのChu Van An 通り

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フエの町は観光客がますます増えてきていますが、今日はその観光客向けの通りを紹介します。
Chu Van An (チューバンアン)通りは、観光客向けのホテルやレストランが充実しているスポットです。

小さい通りではありますが、ミニホテルがたくさんあります。
また木造で植物をたくさん配置した雰囲気のあるレストランもいくつもあります。

写真はその中でも気に入ったところで、Tropical Garaden というレストランです。
玄関付近の中庭には植物に囲まれた屋外テーブルがあり、
エアコンの効いた室内ではアジアンチックのデザインをふんだんに使っています。

料理はベトナム料理が中心ですが、メニューには日本語も記載されていて、日本人にはわかりやすくなっています。
でもこちらではステーキも肉野菜炒めも区別がついていないところがありますので、
それくらいは気をつけておいた方が良いでしょう。

デザートも割と充実していて、バナナのオレンジソース揚げといったものもありました。
他には通常のプリンやフルーツデザートなどもありますよ。
フエの町中ではちょっとした贅沢かもしれません。


続く

ODAの課題:人材の行方

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ODAのプロジェクトは案件にもよるが、調査からプロジェクト完了まで3〜4年程度の期間である。
もちろん円借款などのように大規模なプロジェクトではさらにもう少しかかるのかもしれない。
規模の差があったとしても、現地で雇用される人達はそのプロジェクトがある間だけの雇用期間となり、
プロジェクトが終了すれば解雇される運命にある。

採用時には優秀な人材として選出され、日本式の細かい作業まで含めた仕事が要求されるものの、
プロジェクト終了時には独自に他の仕事を探すしかない。
ベトナムでは他の国に比較すればドナーによるプロジェクトも多い方ではあると思うが、
その分プロジェクト終了後に放出される人材も多い。

日本のドナーに採用されて、日本式の仕事ぶりを覚えて、優秀な人材がさらに磨きをかけられる一方、
プロジェクト完了とともに放出されるのは、会社の経営者という立場から見ると、
なんとももったいない話である。

日本人も仕事に対して消極的な人が大半であり、積極的に仕事に取り組む人というのは実は多くはない。
それでも会社が社員を解雇するのは様々な制限があり、リストラも容易にできる話ではない一方で、
ベトナムではどれだけ優秀な人材でも仕事が完了するとともに解雇である。

これらの貴重な人材、日本という国や人に親しみなじんだ人材が放出されるのは、
自分にはやはり抵抗感が強い。
しかしそれをドナー組織に言ったところでどうこうできる話でもない。
逆にそういう人材を生涯雇用しろということにも無理があるだろう。
この問題についてはもう少し深く検討してみたいと思う。

続く

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フエのテト正月に初めて遭遇しました。
これまでは仕事の効率が悪いため長年避けてきたのですが、
今年は運良くと言うか悪くと言うか、避けられない状態になってしまったので、
この際仕事仲間に誘われるままにフエの人達の集まるに参加させてもらいました。

フエの人達はテト正月の日(旧暦の1月1日)には家族と一緒に過ごし、
2日目はお互いにいろいろな人の家を訪問して挨拶していくというところまでは、
日本と同じようなきがしますが、挨拶というのが必ずアルコール付というのが違うようです。

朝8時頃からお互いの家を仲間全員(約20名ほど)で訪問し、
そのたびにアルコールを勧められて、4ヶ所には飲みくたびれてしまいました。

「日本人はアルコールに弱いから」というわけの分からない理由を言って、
午後には開放してもらいましたが、当地の人達に言わせれば、
まず一日中関係者の家を周って飲み続け、夜も一晩中飲み続けなければいけないそうです。
「ホンマかいな」と思うのですが、一年に一回の行事なので、
体力の続く限りのみ続けるという勢いです。

でも忘年会の時から既に飲み会ばかりなのに、正月に入ってもやはり飲み会ばかりなんですね。
酒が飲めない人にはちょっと厳しい行事です、っと言っても多少酒を飲む私にもやっぱり厳しいです。
こうしてフエの正月は過ぎていくのでした。

続く

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テト正月直前の2月12日、先週に引き続いて町のあっちこっちで忘年会が開かれました。
私も職場の人達に呼んでもらって行ったのですが、初めて会う人達も含めて皆で歓迎してもらいました。

それにしても、飲んで歌って踊ってという現地の人達のパワーに圧倒されました。
ベトナム人も皆元気ですね。

最初の場所は早めに引き上げて、次の招待された場所へ掛け持ちで行ったのですが、
そこではタイの踊りやらフィリピン人バンドやらがショーを繰り広げていて、
これもまた盛大にやっていました。

これが潤滑油になって、皆で仕事も楽しくやれるのはいいですね。
日本では変にエスカレートして癒着の問題になったりしていますが、
あまりにもぎすぎす社会では潤滑油もなくなってしまいます。
日本の方がどこかおかしい気がした時間でした。

続く

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