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ストックホルムも3日目、今日は学会発表の2日目でもある。
よし、気合い入れていくぞ ヤルゾ!!Σс(゚Д゚с
と思ってふと窓の外を見ると、雪ヘ(-′д`-)ゝヤレヤレ.. 一気にテンションが下がる(^_^;)
それでもストックホルムの町並みは建物のデザインもおしゃれで、
まるで美人が何着ても似合うように、(関係ない?)
ちょっとロマンがあるぞ
||電柱||´Д)素敵〜゚+。*゚+。(^_ゝ^)ノ
雨と雪で街路はぬれているけど、そこがちょっとまたセクシー(^_^;
ちょっと妄想も入り気味、
対岸の帆船もやはりビューティフルだ、
・:*:・(*´艸`*)ウットリ・:*:・
あっ、しまった仕事で来てたんだった(;゜ロ゜)
イッテクル(;;゜;ж;゜∴;!ii!)ネ
帰りは寒かったけど、一応晴れてきたので徒歩でホテルへ戻りました。
でも途中途中で写真を何枚も撮影、
あ〜〜あっ、これで美人の連れでもいれば良かったけど、
むさ苦しいおっさんが3人、周囲の風景を汚しているような気がする (/・_・\)アチャ-・・
何だかポストカードになっていても良さそうな、
自分で撮った写真にほれぼれホレ(*・д・*)ボレ
これって自己満足ってやつ(汗`・ω・ι)タラー
それでも時間は無情にも過ぎていき、もうすぐ帰国だ、 エチオピアに(;゜ロ゜)
続く |
社長日記
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スペインに続き、今年はなぜかスウェーデン出張もすることになった。
普段開発途上国でしか仕事ないのに、先進国で仕事するなんて、
自分の友人知人は、
「まさか(^_^;、あいつがそんなところ行くなんてありえない」、
なんて思うかも知れないけど、世の中不思議なこともあるものだ。
ということで、
今回は一週間程度だけど、
スウェーデンの首都ストックホルムで過ごすことになった。\(^O^)/
さすがに物価の高い国ということもあり、安価なホテルということで見つけたのがこれだ。
何この船? ヘ(゚д゚)ノ ナニコレ?
なんて思うかもしれないけど、実はこれは船を改造したホステルになっていた。
夜はこんな感じでライトアップもされていましたよ。(^0^)
対岸上には帆船も停泊しているので、
写真を撮ってみたら、このブルーの感じがいいね、と自己満足(^_^)
これでそばには美人の恋人でもいればもっとロマンチックだったかもしれないけど、
実際にはおっさん3名だし、仕事だし、(T_T)
でもそんな状況にもめげずに船内を見てみると、
実際には船内なので写真よりもずっと狭く感じる(^_^;
さらに船室内というか、客室はものすごい狭さ、
これで1泊90米ドル(約1万円程度)!(;゜ロ゜)
何だか若い頃に上野近くで酒に酔って電車を逃がし、
カプセルホテルに何度も泊まっていたことを思い出してしまった。(^_^;)
でも共有の場所もあり、
見知らぬ乗客(?)同士でも話かけたり話しかけられたりする、
憩いの場所ともなっていた。
船らしい造りでちょっと気分も楽しくなる ・*楽チィ(´・∀`爻´∀-`)ネェェン*。゚
これで彼女さえいれば、なんて妄想はむなしくなるだけ(T_T)
まあ、仕事とは言え、こういうところに行かせてもらっただけよしとするか 【`ω´o】9。o○(ヨシ!!)
ということでしばらくストックホルム珍道中です。
続く |
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「利益追求」というと、何だか悪事の温床=汚い、というイメージがあるように思える。
しかしマネージメントの著者として有名になったドラッカーは、
「利益追求と社会貢献は相反しない」と断言している。
なぜなら利益を確保できない組織が社会貢献することは不可能だからだ。
例えば、ビルゲイツ夫妻が財団を設置して、
特に予防接種関係で巨額の社会貢献をしているが、
これも利益があったからこそできることで、
利益がなかったら最初からできなかった話だ。
様々な公的機関やら国際機関が国際協力に費やしている巨額の費用にしても、
それは民間企業が利益を確保した中から納められた税金で賄っているだけなのに、
まるで民間企業が利益追求することで悪事を働いているかのような言い方をされることもあるが、
まさしく本末転倒ではないのだろうか。
民間企業に利益がなければ税金も納められず、ましてや公的機関の資金の確保もできないことになる。
そして民間企業も社会に必要とされるサービスを提供して利益を得ている、ということと、
社員及びその家族の生活の糧を提供しているという意味で、
やはりそれなりの社会貢献をしているということではないだろうか。
少なくとも社会貢献という「目的」と、
資金の確保という「手段」が混同しているということではないだろうか。
利益を追求するということは、利益確保自体が目的なのではなく、
目的を果たすための手段として必要というということであり、
単なるイメージとして綺麗とか汚いとかいう話ではないと思うのだけど、
公的機関、国際機関、民間企業、NGOに関わっている人達でも、
そういうイメージだけが先走りしているように思える。
このためNGO活動を行っている本人達にも、
利益追求をしてはいけないという認識を持っている人がたくさんいると思うが、
電気を使えば電気代を支払わなければならず、
飛行機を使えば飛行機代を支払わなければならない。
ボランティアだから踏み倒して良いということになるはずもない。
こういう心情的な背景のためか、NGO団体で十分な資金を確保している組織は少なく、
補助金や寄付金があれば何とか最小限の活動を行えるといったレベルに終始しており、
将来的な展望、継続性、発展性等についてはあまり見込めないのではないだろうか。
組織としての事業目的を果たすためには、
手段としての利益追求も行うことが必須の前提条件ともなっていると考える。
続く
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現地の借家の敷地内には大家さんであるおばあちゃんがいるけど、
お孫さん達が毎日のように遊びに来る。
4〜5歳くらいになる孫の女の子はどうしても私のことが気になるようで、
私が仕事から帰宅すると抱きついてきたり、走ってきて握手をしてくれたりと、
必ず何らかの形で挨拶をしてくれる。 はーい(●´∀`●)∩
私が台所で調理をしていると、
その子が自分の目線より高い窓枠に両手をかけ、
一生懸命首を伸ばして中の様子をのぞき見ようとする姿は、
何だかあまりにも間が抜けているような、可愛いようなで、
思わず私も吹き出しそうになる。(^□^)
笑いをこらえながら「サラムノ(こんにちは)」と挨拶すると、
ちょっとだけ手を振ってまた走り去っていく。
のぞきは普通困るけどその子だけは例外だ、
何しろエチオピアで一番のお友達なので。 ナカヨシ(☆´ー`人´ー`☆)ピトッ
続く |
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今から35年以上も昔の話、
自分が大学生の頃に決心したことが二つあった。
一つ目は、自分の一生の中で30年間は開発途上国の人達のために働くこと、
二つ目は、30ヵ国以上で仕事すること、だった。
何ら根拠らしい根拠もなく、開発途上国についての知識も経験もないのに、
なぜかそういうふうに決心した。
実際に開発途上国での仕事に関われるようになるまで数年かかったけど、
関わりだしてから既に29年間の時間が経過した。
そして国の数は30ヵ国の目標値に対して64ヵ国に達した。
結果として学生の頃の願いは二つとも叶ったことになる。
学生時代、家庭の経済事情は逼迫しており、アルバイトしながら何とか卒業したという程度だし、
学業成績も特に振るわず、語学についてもそれほど良い成績を収めているわけでもないし、
スポーツや芸術に関して何か才能があるというわけでもない。
そういう自分がどうして自分の願いを叶えることができたのか不思議にも思える。
まずは苦しい家計の中でも大学に送り出してくれた両親に感謝すべきだろうし、
特に大学時代の恩師には卒業後もずっと様々な形で指導していただいたことも大きいと思う。
そしてもう一つ重大な要因としては、
大学生の頃に決心したこと、そのこと自体が自分の人生の指針となり、
途中で様々なことはあったけど、
それでも人生の目標を見失うことがなかったからではないかと思う。
そう考えると、大学生の頃の決心は非常に重要だったなと痛感しているところだけど、
願いが叶うということを知っていたら、
もっと別の願いも追加で考えておけばよかったかな。
ということで大学生の頃の願いは既に叶ってしまったから、
残りの人生はどんな願いを立てるか思案中だったけど、
今度は先進国か途上国かに関わらず、
「次世代の人達のためになる仕事」に挑戦したいと思う。
期限は人生が終わるまで、たぶん20年間くらいだな。
今年でエチオピアの仕事も終わるところだから、
来年からはフリーターと言われるか、
起業家と言われるか、たぶんどっちかなんだろう。
続く
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