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以前から気になってはいたけど、 気が重くてなかなか見る勇気が持てなかった映画が、 「American Sniper」だ。
実在の米軍狙撃兵を描いた映画だそうだけど、 戦場はかつて自分も2年半にわたって滞在して仕事したイラクだ。
自分の場合は滞在期間は1985年〜88年だったけど、 当時はイラン・イラク戦争の真っ最中で、 普段は落ち着いた状況でも、突然戦闘が激しさを増すこともあった。
映画の中では自分の知っている地名もたくさん出てくるし、 自分の知っていたイラク人達も何度も戦争に巻き込まれているので、 単なる娯楽映画として見ることはできず、胸がつまった。
戦闘シーンで銃弾や砲撃が飛び交うたびに、 現地での気候、温度や乾いた空気、砂嵐までが昔の記憶と重なる。
かつてベトナム戦争がそうであったように、 この類の映画は全て米国側の立場で描かれており、 現地の人達の声や意志はほとんど伝わってこない。
まるで現地の人達は感情も家族もない非人間のように表現されているけど、 実際に現地の病院内で一緒に仕事をしてきた医療従事者の人達の 人なつこい笑顔は今でも記憶に残っている。
血で血を洗う戦闘シーンでは現地の人達の痛みや苦しみも感じられて、 そういう意味でも単なる映画としてではなく現実として伝わってきた。
それでも戦争の悲惨さを胸に刻み込むつもりで何とか最後まで見終わったけど、 現実の世界では未だに戦闘が続いていることも忘れてはならないだろう。
続く
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社長日記
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日本、エチオピア、ラオスの田舎で過ごすことの多い自分には、 バンコクの大都会ぶりにはびっくり(゜Д゜)してしまう。
ラオスから日本への復路でバンコクでの時間があったことから、 電車に乗ればすごく綺麗で立派な電車に思えて、 だいぶ以前に線路からそのまま電車に乗った時代とは隔世の感がある。
それほど長い滞在時間でもなかったので、 SIAMCENTERというところで食事とわずかな買物をしてみました。 建物の吹き抜けの部分を撮影してみた。
上階に行けば高級スポーツカーが広いスペースに展示されていたので、 そんなの一生買えそうにない自分は写真だけ撮ってみました。(T_T)
さらにDUCATIのバイク、かっこいいけど、やっぱり買えそうにはない。(T_T) やっかみ半分でとりあえず写真だけ撮ってみました。
どの階へ行っても高級ブランド品、本屋、電気店等の立派なデパートで、 自分の地元の狭山市よりはるかに賑わっていました。 これでまた自分が世界の田舎者みたいな気分です。
そうは言ってもやはり道路事情には昔の面影も見えたよ。
道路裏に屋台の店を見つけるとやはり懐かしい。 数日間いたかったなあ。 次回はラオスの前後に1泊でもしようかな。
わずかな時間でしたが、随分久しぶりのバンコクの町でした。
続く
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最近はまっている、うさんくさい本の一つです。 読んでいる人を驚かそうという編集の仕方は見え見えですが、 世界各地の話を取り上げているのでそれなりに楽しかったです。
ちなみに、奴隷貿易の部分で掲載された写真の撮影は、 実は、私です。(;’∀’)
続く
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最近現実逃避したい時にはコンビニのうさんくさい本がお気に入りです。
あまりのばかばかしさに笑ってしまう時あり、
本当にうさんくさくて危ないぞ、という時もあり、
結構などきどき感を持つ場合があります。
コンビニで見つけた本の一つがこれ、
何と「裏世界遺産ガイド」(;゜ロ゜)
ラオスで観光地にもなっているブッダパークが、
裏世界遺産という形で表紙になって紹介されていました。
実際に訪問してみると、たいしたものでもないとしか思わなかったのですが、
この本の表紙になっているのが、
ラオスのブッダパークにある建造物で、
この鬼のような形相の口の部分から中に入れます。(^_^;)
全体的にはカボチャのような丸い形をしているのですが、
中に入ると三階建ての構造になっていて、
狭い階段を上っていくと屋上にも出られるようになっています。
1階は地獄、2階は地上、3階は天国を表しているそうですが、
美術について知見のない私にも、
多分あまり芸術的価値はなさそうだと感じるしろものです。
しかもブッダパークを名乗りながら、なぜかヒンドゥー教の神もいるしで、
全く意味不明のテーマパークといったところでしょうか。
まあ、面白いからいいか(^_^;)
続く
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親の支援を受けられない児童達をサポートしている、 児童養護施設東京サレジオ学園を訪問しました。
先進国だ、経済大国だと言われる日本ではありますが、 メディアでも子供や女性の貧困が報道されているため、 自分でも何かできないか検討していたところでしたが、 「百聞は一見にしかず」で、知人の紹介で訪問が実現しました。
施設そのものは芝生や緑の豊かな環境ですが、 学習面、生活面、精神面でもやはりもっとサポートが必要、 ということが確認できました。
日本の将来を担うべき子供達の能力が発揮できない社会では、 お先真っ暗になってしまいますので、 まずはできる事からサポートを始めたいと考えています。
また同施設では児童達を支援するためのボランティア、 さらに不足している職員の募集も随時行っているようですので、 もしご関心のある方がいらっしゃれば、 私の方に連絡していただいても連絡をつなぎますので、 ぜひご一報下さい。
続く
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