社会起業家を目指して

九州震災の被災者の方々に心よりお見舞い申し上げます。

国際協力

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長年開発途上国で仕事していて現地の人達との気持ちの差を一番大きく感じるのは、

「感謝の念」だ。

 

日本人として考えるごく一般的なイメージとしては、

困っている人達に支援の手を差しのべることで現地の人達が助かり、

それで自分達は現地の人達から感謝されて、

誰もがハッピーになれるというものではないだろうか。

 

でも実際には資金や物品という面でいくら支援しても、

既得権益者達が自分たちの利益だけを考えて都合の良い方向に持って行こうとしたり、

仮に何かもらえればラッキーで、もらえなければアンラッキーということで、

そこには支援者の善意や、被支援者としての感謝の念は存在しないように思える。

 

どうしてそう思うのかと聞かれると、実際に様々な国で支援活動に関わっても、

「ありがとう」と言われるよりも「もっとくれ」と言われるばかりだからだ。

 

このため国際協力活動に関わった経験のある人達の間では、

金品を直接あげるようなことはあまりしていない。

仮に相手が現地の公的機関であってもだ。

 

そりゃ確かにそうだよね、現地の人達にとっては、

いくら一生懸命働いてもたいした収入はもらえないけど、

国際協力に関わる外国人からもらえれば何の努力もせずに大金をもらえることもあるわけだからね。

 

実際に現地政府組織を支援するために構築された資金の枠組みがあっても、

資金が消えてなくなるだけでどこに行ったのかもわからないという例もたくさんある。

 

開発途上国での活動に経験のある人ほどそんなことは絶対しないと思うけど、

経験が少なくて善意だけで国際協力に関わろうとする人にとっては、

何かあげればそれで問題が解決すると思われているようだ。

 

既得権益者達のあさましい姿を見ると国際協力に関わる気持ちも萎えてしまうし、

現地の普通の人達が本当に困っていることがなんなのかを理解するのも実際にはかなり難しい。

 

人の死についてさえ、先進国の人間からすれば一人の人間が死んでも大変なことだけど、

途上国ではそれがあまりにも当たり前になっていて、

現地の人達でもあまりそれを気にしているようには見えないだけでないどころか、

それを利用して海外から支援活動に来る人達の関心を誘い、

いかに自分のポケットに引っ張ってくるかということしか考えていないように見える時もある。

 

それでも国際協力に関わる必要があるのか、

今度は自分自身の哲学や信念が問われることになる。

考えれば考えるほどわからなくなる。

 

続く

 
 
国際協力といえば聞こえはいいけれど、
最初にぶち当たるもっとも嫌な壁が既得権益者達との折衝だ。
開発途上国では既得権益者の行政官達は、
国際協力は私服を肥やすための手段と思っているようだ。
 
感染症やら母子保健だと言って様々な公的機関や民間団体等が何とか支援しようとしているのに、その行政官達の許可を得るだけでも結構大変な話だ。
 
NGO活動と言っても、
活動するに当たっては現地側の誰それにいくらいくら払えとか、
地域の責任者にいくら払わなくちゃいけないとか、
そんな話が数えきれないほどある。
こちらの懐具合も見たいのか、
NGOとしての予算規模も提示しろという話もある。
 
実際に貧困だとか病気だとかで同じ国の人達が苦しんでいる一方で、
真っ先に支援の手をさしのべなければならないのは、
まずは同じ国の政府であり、行政官達であり、責任者達のはずなのだが、
支援をしようとする国際機関や民間団体に対して金の要求をしては贅沢な車を乗り回している。
 
こういう人達に対してはどうしても怒りを感じてしまうが、
その壁を乗り越えなければ支援活動をすることもできない。
アジアでもアフリカでも端々にそういう既得権益者達の醜い姿を見るたびに、自分がやっていることもまた本当に正しいことなのかどうかと疑問に思えてしまう時がある。
 
実際に困っている人達を支援するにはどうすればよいのか、
既得権益者に金をばらまくのは簡単だけど、
その分直接的に支援できる規模は縮小してしまう。
 
ちなみに一時期マイケルジャクソンが多くのアーティストに声をかけて、
We are the world」という曲を作ってアフリカへの支援金を募ったそうだけど、その95%は困っている人達に届かなかったという話もある。
 
開発途上国の既得権益者達は先進国の一般住民より贅沢な暮らしをしているが、
国際協力による支援はそういう人達のフィルターを通さない限り活動できない現状では、開発途上国はいつまでも開発途上国のままでしかない。
 
ベトナムで仕事をしていた時には、
徒歩で仕事場に向かう自分の横を現地側責任者がランクルに乗って通勤する姿は、何だか異様なものに思えたことがある。
別に自分が贅沢をしたいわけでもないけど、
こういう人達には支援する側の善意は関係ないように思える。
 
続く
 
どのような規模や立場の国際協力組織であれ、現場で実際に活動するまでには、
いくつかの大きな障壁を乗り越えなければならない。
 
治安や拝金主義等の課題は活動以前から活動中も常についてまわるけど、
援助組織側にとっての「人材育成」は最重要課題の一つだ。
 
いくら現地側に対して貢献しようと思っても、
日本側にそれが実施可能な人材がいなければ話にならない。
 
しかも日本国内で長引く不況、大震災、タイなどの海外での災害さえも影響する中、
国際協力の意義もあらためて問い直されているものと思われる。
 
日本という枠にとらわれず、地球人の一人として考えると、大震災で災害を受けた人達に対して、
大勢の日本の同胞だけでなく、海外の人達も支援に立ち上がったのと同様に、
開発途上国で危機的状態にある人達のために何かをしようというのは自然な感情でもあり、
また途上国の人達に貢献していくことで人間として成長していくことも重要だと思う。
 
世界を視野に置いた人材の育成は重要な視点の一つとなっており、
近年では民間企業でも研修活動の一部として、開発途上国に人材を派遣するケースもあるそうだ。
 
以前にご紹介した「日本でいちばん大切にしたい会社」の中では、
開発途上国の難民に対して眼鏡を配布する活動を行っている企業も紹介された。
 
そういう活動を通してより良い社会のために貢献していける人材育成を行い、
日本以外の国の現状、文化、言語、価値観等についての理解を深めていくことが重要だ。
 
実際に開発途上国の現場で仕事をすると、コミュニケーション能力、言語能力、
専門知識、異文化に対する理解、ありとあらゆる面から能力を全開にしなければやっていけない。
 
またそれだからこそ開発途上国での仕事はそれなりの醍醐味があり、人材育成の良い機会ともなる。
 
逆にそういう環境の中でも十分にやっていける人材を育成することで、
国際協力機関であれ民間企業であれ、より社会的価値を高めていくことができるのではないだろうか。
 
続く
何らかの大きな問題があって困難な状態に直面にしている開発途上国の人達、
餓えや病気に苦しむ人達に対して何か役に立ちたいという善意の国際協力関係者達は、
純粋に頑張っていることは確かだと思うが、そういう善意だけで解決できない問題は山積みだ。
 
援助や協力を受ける開発途上国の人達の立場では、
何かもらえることが重要なようで、病院、学校、道路や橋等のいわゆるハコモノと言われるものや、
何らかの活動に参加することでポケットマネーをいくらもらえるか、
ということばかりを気にしている場合が多い。
 
そこには自国民や自国の社会をよくしようという観念や、
病院であれば患者達のためという意識は希薄だ。
 
このため何らかの物品をもらえるようなプロジェクトにはおおいに賛成されるけど、
これが技術協力となると全く別次元の話になるようだ。
 
技術移転とか、技術協力、というとそれで現地の人達の技術が向上するように思えて、
協力する組織や団体の側にとっては聞こえがいいけど、現地の人達には嫌われることも多々ある。
 
第一に技術移転を受ける側にとっては、技術知識や能力を身につけたからといって、
個人の収入が増えるわけではないので、積極的に関わろうという意識はあまりない。
 
第二に外国人からああしろ、こうしろと指図めいたことは聞きたくないということ、
実際にベトナムで行われた技術協力事業では、これ以上の指図は受けたくないといった苦情もあった。
 
第三に仮に技術を身につけても、それを実行できるような環境にないことも問題だ。
先進国の技術と開発途上国の環境における技術は必ずしも一致しないからだ。
 
こういう状況は実は途上国特有の問題、というわけでもない。
なぜならば日本国内での職場、企業内のような場であっても意識変革をするのは非常に困難だからだ。
開発途上国だから問題なのではなくて、万国に共通する普通の人間の反応だと捉えるべきだろう。
 
国際協力の場で、特に技術協力の活動に関わりたいと思う者は、
こういう問題をどのように解決するか、
それぞれの状況や環境に合わせて、知恵を絞り、工夫しなければならない。
 
やる気のない人達に教えるほど大変なことはないからだ。
場合によってはやめたほうがいいという選択肢もありうる。
 
現場での意識変革は非常に大きな問題なため、各現場の状況に応じてかなり工夫しなければならず、
一般化してああだこうだと言うこともできないので、関係者間で知恵を絞るという以外にない。
ただしここでは、開発途上国と先進国における技術環境は異なるということは特筆しておきたい。
 
 
 
医療機器について海外からの研修員を受け入れる仕事があり、
研修員に同行して医療機器メーカーの技術者と技術面での意見交換をしたときのことは忘れられない。
 
現地にて医療機器のメンテナンスを担当している技術者からの質問は、
「供給電圧が変動する場合にはどのように対応したらよいか?」
 
それに対する日本人技術者の回答には正直言ってがっかりした。
「この装置はそういう状況を考慮して設計していないので、変動しないようにしてください。」
 
ようはこの日本人技術者は、開発途上国の現場がどのようなものであるか全く理解しておらず、
研修員の技術者がなぜどのように困っているのか、想像すらできなかったのだろう。
 
開発途上国の現場では、ネズミが装置の中に入り込んで配線を食いちぎる等は当たり前、
供給電圧だけでなく、周波数までも変動する場合もしょっちゅうだ。
そういう状況に対応するために定電圧装置といったものがあるが、
それは日本国内や先進国ではほとんど必要のないものだ。
 
 
 
別の例として、一番簡易な構造の装置ということで「懐中電灯」を取り上げてみる。
単にスイッチをONにすればライトが点灯するというだけの簡単な構造だ。
 
先進国であれば、何らかの装置が故障した場合は、メーカーなり販売店なりに持ち込めば、
部品の調達と修理サービスを受けることで、ほとんど購入時の状態に戻すことができる。
 
でも開発途上国ではそのようなサービスはほとんど期待できない。
まず部品を調達するだけでも、調達ルートがない、予算がない、修理技術がない等、
先進国の修理方法を適応できる状態ではない。
 
仮に懐中電灯のスイッチが壊れたとすると、
先進国の技術者であれば故障部品を取り換えることを考えるのだろうが、
部品調達もままならない途上国ではそのようなことはできないため、
故障したスイッチを取り外して、スイッチなしで点灯しっぱなしの状態にすることが考えられる。
 
機械の修理についてどうしても部品が必要ということであれば、
別の故障した機械から部品を取り外して、修理すべき機械に取り付ける、という知恵も必要だ。
 
それが懐中電灯であれ、エアコンであれ、自動車であれ、基本的な発想は変わらない。
問題はそれを国際協力の名のもとに、
協力を実施する者がそういうアイディアが生まれる背景を理解しなければならないということだ。
 
「技術」と言えば何でもかんでも解決するという話ではなく、
現場の状況、根本的な原因、背景等といったことも配慮したうえでの技術でなくてはならない。
先進国の技術をそのまま押し付けるだけでは問題は解決しない。
 
あくまでも現場の状況に合わせて最大限に効率よく対応する方法を模索する知恵と努力が重要だ。
それがなくては、現地の人達にとって本当に役に立つ技術とは言えないだろう。
 
 
続く
 
 
 
 
国際協力の事業や活動に関わることを目指す者は、
治安対策と並んで「拝金主義」という障壁があることも知っておく必要があるだろう。
 
時と場合によっては、収賄、汚職、腐敗、低モラル等、言い方は様々だが、
根本的には同じことだ。
 
これから国際協力の分野で活躍したいと願う若い人達が、
何か社会に役立ちたいという意志を持っていたとしても、
善意や熱意だけで何かができて、それだけで感謝されると考えるのも大きな誤解だ。
 
現場を知らない人達にとっては、開発途上国の人達が餓えや病気で苦しんでおり、
それを救済するために物やお金をあげれば、
感謝感激雨あられで問題が解決するというイメージがあるのかも知れない。
 
時折TV等のメディアでは芸能人が開発途上国で何らかの小規模事業を行うことで、
現地側の人達との交流が深まったというような番組もあるが、
一時的なお涙ちょうだいの話で問題が改善するわけもない。
 
実際に開発途上国の現場にたどり着く前には、
私腹を肥やすために援助団体にたかる人達も大勢いる。
 
現地の空港に到着した瞬間から、
空港の入国管理官やら税関の係官からチップを要求されることもある。
 
空港から宿泊先に向かうタクシーが料金をごまかすことなどざらだし、
経済的に急成長するベトナムでもタクシーの運ちゃんが理由をつけては料金を引き上げようとするし、
それがあまりにも多いので日本の海外安全情報(実際には危険情報)で注意がうながされたりもした。
 
地元老舗ホテルの客室内で同僚の衣服が盗難にあったりもした。
特に女性用の衣服、化粧品、食料品までもホテル客室内で盗難される例も多く、
安全と思われるホテル室内でさえそういう状態だ。
 
インドネシアの地方で仕事をした際には、夜遅い時間に地元警察官が訪問してきて、
ここの地域で仕事をするのは地元警察の許可が必要だと言ってきた。
 
現地通訳が同じホテルに宿泊していたために事なきを得たが、
バリ島では日本人観光客の女性二人が警察を名乗るものにホテル外へ連れ出され、
レイプされたあげくに殺害されたニュースも記憶に残るところだ。
 
アフリカのコンゴ民では出国する際に、空港施設に入る前の検査段階でチップの要求、
その後パスポートコントロール、手荷物検査、待合室に入る前にもう一度手荷物検査、
それぞれの出国手順の段階でチップを要求され、断ったものの不愉快極まりない状態だった。
 
日本のODAで建築された病院施設内では、医師や看護師が患者に対して袖の下を要求し、
断られたらそれ以上手当をしないといった話もあった。
一部の患者関係者からはもう二度とあの病院には行きたくないといった話も、
複数の医療施設で聞こえた。
 
OECDの調査によれば、世界中で援助に投入される資金の24割が何らかの形で現地既得権益者のポケットに入っているそうだ。
 
同報道では特にペルーのフジモリ元大統領、インドネシアのスカルノ元大統領が指摘されるとともに、
日本のODAがそういう収賄を増長しているという指摘もあった。
 
NGOの活動においてもちょっとした手続きが遅々として進まないのは、
金額のレベルは違うけれども、そういうところにも起因しているようだ。
こういう出来事は善意だけで国際協力に関わろうとする人にとっては、大きく失望する原因ともなる。
 
ここで具体例を挙げているのは、そういうことの是非を問うているのではない。
そのような事例はあまりにも多くの国で見受けられるからだ。
 
しかし、これから国際協力に関わろうという人達に、
そういう障壁があってもそれを乗り越えていけるかどうかの、
覚悟と信念があるかが問われているということを示すためだ。
 
餓えや病気で苦しむ人達を支援したい、社会の役に立つことをしたいという善意が、
現地側の既得権益者にとっては単にカモがネギをしょってきたという程度で、
自国民の苦しんでいる人達を支援しようという観念が抜けている場合もあることは、
国際協力に関わる者、特にこれから関わろうという人達は知っておく必要がある。
 
続く

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