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1985年から1988年までのイラクでの体験活動を紹介
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イラク:戦闘の激化


 

198512月、初めてイラクの地を踏んだ。

 

現地の人達は皆さん人なつこくて、外国人の自分も受入れてくれたのを思い出す。

 

 

しかしながらそのイラクでまた戦闘が激化してきたことで、

 

一人の医師のことを思い出した。

 

 

その医者と雑談をしていた時、

 

「なぜ日本は戦争をやめることができたんだ?」と聞いてきた。

 

 

自分からすれば「戦争に負けたからやめたんだろう」としか思っていなかったけど、

 

彼からすれば、

 

「日本人は戦争をやめることができたけど、イラク人は負けてもやめようとしない。」

 

ということだった。

 

 

それから既に28年の歳月が過ぎたけど、

 

イラン・イラク戦争、

 

湾岸戦争、

 

米国との戦争、

 

そしてまたアルカイダによる戦闘と、

 

未だに戦争状態が続いている。

 

 

ほとんどの人達は悲惨な戦争など誰も望んでいないと思うけど、

 

それでも戦争になってしまうのはどうしてなんだろう。

 

 

現地の人達と雑談したりジョークで大笑いしていた日々を思い出すことはできても、

 

戦争という狂気は誰にも止められないのだろうか。

 

 

続く

 

イラク:アラブの悲劇


誰が付けた呼称か知らないけど、「アラブの春」というにはあまりにも多くの血が流された。

イラクでは相変わらず自爆テロが続き、シリアでは一般住民に対する弾圧が続き、

アフガニスタンやパキスタンでも一般の人がテロの標的になっている。

 

イラクには198512月〜19887月まで滞在したけど、

直接会って一緒に仕事した人達は、ジョークを言いながら楽しく仕事をしていたし、

他のアラブの国と同様に家族や友人知人を大切にしている人達だった。

 

バスに乗るときには入口でサラームアレイコム(こんにちは)と言って挨拶しながら乗っていた。

座席が隣になれば知らない者同士でもぺちゃくちゃ話をしていた。

そういう人達が今や無事に生きているのかどうかも分からない。

 

イラン・イラク戦争は8年も続き、1988年にやっと終わったと思って一安心したのに、

その後はクウェート侵攻をきっかけとした湾岸戦争、

さらに米国との戦争が再勃発し、延々と戦争状態が続いているけど、

平和な日が来るのはいつのことになるのやら見通しは立たない。

 

シリアでの滞在期間は短かったけど、1988年に初めて訪問し、

その後1991年、2001年からも何度か訪問した。

 

外国人の自分にとっては治安も良くて、仕事の関係者も親切で全然問題なかった。

内部での問題はむろんたくさん抱えていたのだろうけど、

少なくとも自分自身にとっては良い思い出の地でしかない。

 

シリアは西側が地中海に臨む沿岸地域、チグリスとユーフラテス川のある河川地域、

南側の山岳地域、東側の土漠地域と、調査のために8,000kmを移動したが、

どこへ行っても歓迎してもらった。

 

アフガンは行ったことないけど、

お隣のパキスタンでも一緒に仕事した人達とは仲良くさせてもらって感謝している。

彼らの多くもまた家族や友人知人を非常に大切にしている人達だ。

 

自分があった人達はいずれの地でも人懐こくて礼儀正しくて、よい思い出しかないが、

それが何か起こるたびに誰かが血を流す結果になっている。

 

いくつかの独裁政権が倒されたとはいえ、それで問題が解決したわけでもなんでもない。

今もなお何の罪もない一般の人達の血が流され続けている。

アラブにとって本当の春が来るのはいつのことになるのだろうか。

 

続く

 

イメージ 1

イメージ 2

1985年12月〜1988年8月にかけて現地に駐在していたけど、
時折些細なことでも思い出すことがあるよ。

当時はまだイラン・イラク戦争の真っ最中、イライラ戦争とも呼ばれ、
散発的な戦闘が続いていた時期だったけど、
時折現地国内に散在していた会社の同僚が時々集まって雑談していた。

その時に一つ話題になったのが「フレンドおじさん」、
仕事場でもある病院の中、通路その他どこかの場所で出会ったりすると、
「オ〜〜、マイフレンド」と言っては抱きついてくる。

美人の女の子が抱きついてくれればこちらも文句はないけど、
(そんな楽しいことは一切なかったけど)
ひげもじゃのおじさんに抱きつかれても困る!
挨拶程度は我慢できたとしても、そんなに強く抱きしめられても不快になるだけだ。

それでこの通称「フレンドおじさん」に抱きつかれないための対策を皆で考え、
仲間内の一人が言い出したのが、「目を合わせない作戦」だ。

どこかで出会ったとしても、絶対に目を合わさず、
相手の「オ〜〜、マイフレンド」の呼び声を封じるものだ。

まず正面からは向き合わない。
廊下で会っても目は絶対あわさず、正面から対峙したりせず、違う方向を見ながら前に進む。
相手が「オ〜〜、マイフレンド」と言ってきても、一切反応しない。

もし万が一フレンドおじさんが不幸にも真正面にいた場合は、
こちらはわざとらしく背中を向ける、という作戦だ。

そしてこの作戦が功を奏して、
日本人に出会う度に「オ〜〜、マイフレンド」を連発していたおじさんは、
最後は日本人に抱きつくことができなくなり、
「オ〜〜、マイフレンド」という奇声を上げることもなくなり、
日本人仲間は全員胸をなでおろすことができたよ。

でもこういう日常で出会う人たち、一緒に仕事をした人達が戦争に巻き込まれ、
イライラ戦争の後は湾岸戦争、米国との戦争に突入し、今ではその生死さえも確かめる方法はない。
戦争って、本当に嫌だね。


そんなことを望む国民などどこにもいないのに、一部の権力者たちに振り回されて
大勢の人たちが犠牲になる、そんな世の中はやっぱりおかしい、というか異常だよ。

最近はアフガニスタンやパキスタンの紛争の報道に紛れて影が薄いけど、
イラクでは今でもテロが続いている。

日本にいれば道端の花でも見て平和を感じることもできるけど、
花が綺麗であればあるほど、平和のありがたさと、
自分の意思にかかわらず戦争に巻き込まれてしまった人達の地獄の状況を思い出し、
世界中が平和になることを願わずにはいられない気持ちになるよ。

続く

果てしない流血

イメージ 1

                  写真:米陸軍ホームページより

戦争ほど残酷なものはない。戦争ほどむごいものはない。
昨年100歳で亡くなった祖母が、生前に独り言のように言っていた言葉だ。
既に耳も遠くなり、痴呆症に近い状態であっても、よっぽど悲惨な経験がそう言わせたのだと思う。

本日のNHKニュースによれば、イスラム教シーア派の聖地として知られるイラクのナジャフ近郊にて、
イラク、アメリカの両軍が武装勢力との激しい戦闘を繰り広げ、250人以上を殺害したそうだ。

ナジャフはイラク南部、バグダッドから南に200KMほどの位置にあるシーア派の聖地である。
この時期は年に1度の重要な宗教行事の「アシュラ」が始まり、30日に最高潮を迎えるのを前に、
各地から巡礼の人が集まるが、28日早朝からイラク軍とアメリカ軍が大規模な軍事作戦を繰り広げ、
イラク軍の報道官によれば、武装勢力のメンバー250人以上を殺害したとのことである。

地元の州知事は「アシュラに合わせてシーア派の聖職者を殺害しようという企てが発覚した」と述べており、今回の作戦は、シーア派の聖職者や巡礼の人々を狙った、
スンニ派武装勢力によるテロを防ぐことが目的だったとみられる。

私が滞在していた頃はサダムフセインの恐怖政治が治安を維持していたが、
当時もイライラ戦争と呼ばれたイラン・イラク戦争が8年間も続き、
その後はさらに湾岸戦争、そして今回の米国との戦争である。
イラクの人達はいったいいつになったら安住の生活ができるのであろうか。

実際にあってみれば皆が本当に人懐こく、バスに乗るのもほかの乗客に挨拶する人達だ。
そのような人達が、なぜこのような果てしない闘争に巻き込まれなければならないのか。
どこまで血を流せば、どこまで家族を失えば気が済むのだろうか。
イスラム教の神が本当にいるのであれば、なぜ彼らを戦争の地獄におとしめているのだろうか。

イラン・イラク戦争当時、自分が滞在していた頃から悲報が毎日のようにあった。
ある人は戦争で3人の息子をすべて失った。
ある家族は父親を失った。
ある女性はご主人を失った。
そういう話が毎日のように延々と続く、この世の地獄のようなものだ。
一日一日が地獄としか言いようがない。

我々が直接何かできることはないのか、無力さを痛感するばかりである。
神や仏が本当にいるのであれば、なぜこの世の地獄とも言うべき戦争が止められないのだろうか。
イラクで笑顔を見せてくれた同僚達が心配でならない。

続く

戦闘の続くイラク

昨日のCNNニュースによれば、イラク国防省入口にロケット弾が着弾し、
住民6人が死亡、2人が負傷したとのことである。
またバグダッド北部では午前10時頃、銃撃の跡がある身元不明の6人の遺体が発見されたとのこと。

私が現地にいたのは1985年12月から1988年7月までの2年半であったが、
当時もイラン・イラク戦争中であった。
イライラ戦争は1980年から1988年までの8年間も続いたが、
終戦した時にはイラクで一緒に仕事した人達がこれで平和に暮らしていけると思ったのもつかの間、
1991年には湾岸戦争が勃発した。

湾岸戦争が落ち着いたのもまたつかの間で、今回の米国との戦争が始まったのである。
結局延々と戦争が続いており、私が出会ったイラクの人達の消息もつかみようがない状態だ。
普通の人達は本当に人懐こくて、冗談を言い合っていたが、
戦争という人類最悪の状態がずっと続き、最初はサダムフセインのせいかと思っていたが、
サダムフセインが去って後でも結局戦争が続いている状況はどう理解すればよいのだろうか。

彼らの言うアラーの神が唯一絶対のものなのであれば、なぜ戦争を食い止めないのだろうか。
神も仏もないというのはこのような状態ではないかと思う。
イラクで出会った人達の笑顔が悲しく思い出される。

続く

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