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ベンチャーズ ♪THE VENTURES FOREVER
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書庫Vシングル キング編

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1980年2月発売

キング・レコード最後の紹介となります。発売順で紹介していますので明日からは東芝紹介に
戻ります。

(ジャケ裏解説より)

●ベンチャーズ紹介

1959年にワシントン州のシアトルで、ドン・ウィルスン、ボブ・ボーグルによりギター・デュエット・グループとして結成されました。
翌60年にノーキー・エドワーズ、ホーウィ―・ジョンスンの2人が加わって4人組として正式にデビュー、
同年5月の「急がば廻れ」がレコード・デビューになりました。
この曲が3ヶ月後にミリオン・セラーほ記録、ベンチャーズの名前は世界に轟いたのです。
その後「パーフィディア」「木の葉の子守唄」「ダイヤモンド・ヘッド」「10番街の殺人」など続々とヒットを放ち、エレキ・ギターの大ブームを巻き起こし、特に日本では社会風俗の面でも大きな足跡を残しました。
1962年、当時の人気歌手ボビー・ヴィーと共に初来日したのをきっかけに、以後毎年のように日本公演を行なって、‘77年で15回目の来日回数を記録したことは皆様御存知の通りです。


■ダイヤモンド・ヘッド

ハワイにある有名なダイヤモンド・ヘッドをテーマに作られた曲で、ベンチャーズのオリジナル・ヒットです。作はダニー・ハミルトン(ベンチャーズの弟のようなグループ、T・ボーンズのメンバー)、
ヒットは1965年のことでした。

■パイプライン

日本だけに限っていえば、ベンチャーズ人気、エレキ・ギター人気を決定的なものにしたのは、
実にこの曲だったといえるのではないでしょうか。
オリジナルはシャンティーズというインストゥルメンタル・グループで、1963年のヒット曲。
ベンチャーズはその2年後の'65年にレコードにしました。作はB・スピッカードとB・カーマンの2人。

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1978年12月発売

■スター・ウォーズ(7:43)

1977年に全米で公開されるや、忽ちのうちにあらゆる記録を塗り変え、
また我が国でもそのブームはとどまる所を知らず、映画、ミュージック・ビジネス界は勿論、
玩具からファッションまで多くの産業分野に少なからず影響を与えた大ヒットSF映画“スター・ウォーズ”のテーマ曲。この映画「スター・ウォーズ」はプロデューサーがゲーリー・カーツ、脚本・監督がジョージ・ルーカスという“アメリカン・グラフィティ”を生んだ大ヒット・コンビの作品。
音楽のジョン・ウィリアムスは、現在アメリカの映画音楽界ではこの人の右に出る者はいないと云われており、過去にも、1972年“屋根の上のヴァイオリン弾き”、1976年“ジョーズ”でオスカーを受賞している大ベテラン。
ベンチャーズはその力作をデヴィッド・カーのアレンジとプロデュースの下で、サウンド・トラックやその他の数多いカヴァー・ヴァージョンとはひと味違った素晴らしい演奏を聴かせてくれている。
尚、このシングルの2曲は既に発売になっているシングル及び、アルバム「ベンチャーズ・イン・スペース’78」のテークとは別の、いわゆるディスコ・ヴァージョンであり、編集は一切していない。

■未知との遭遇(6:30)

“スター・ウォーズ”と共に78年の日本の洋画界の話題を二分している大ヒット作で、
77年11月16日の公開日から23日までの一週間でニューヨークとロスの二つの映画館で
28万ドルという記録的な興行収入をあげたという話も有名。
監督・脚本は弱冠29才の若さであの“ジョーズ”を作り上げたスティーブン・スピルバーグ。
音楽はこれ又、ジョン・ウィリアムス。彼には上記の作品の他に、“タワーリング・インフェルノ”“ペーパー・チェイス”“シュガーランド・イクスプレス”“ファミリー・プロット”等がある。
デヴィッド・カーのアレンジのフル・オーケストラをバックにベンチャーズの軽快な演奏が聴きもの。

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1978年12月発売

(ジャケ解説より)

SIDE1/キャラヴァン(8:24)

オリジナルは勿論あのジャズ・スタンダード・ナンバー。
1937年に今は亡きジャズ界の巨人デューク・エリントンが、彼の楽団(デューク・リントン楽団)のトロンボーン奏者ファン・ティゾールと共に作り上げた傑作。

ベンチャーズが初来日以来、コンサートでのアンコール曲として扱っている曲で、
聴衆もこの曲なしでは幕が下りるの決して納得しないという。

このシングルは今年(1978年)の来日時、東京・中野サンプラザ・ホールでのライヴで、
13分弱のテークから編集したシングル用ヴァージョン。
相変わらずの冴えを見せるノーキー・エドワーズのリード・ギターが中心である。
ジョー・バリルのソロも圧巻。

SIDE2-1/ダイヤモンド・ヘッド(1:43)

日本でのシングルとしては3枚目で'65年1月に発表され、その人気を不動のものにした大ヒット作。
ハワイの観光名所ダイヤモンド・ヘッドをテーマに「真赤な太陽」「ビートでOK」のヒットで知られる
T・ボーンズのダニー・ハミルトンが作曲したもの。
この曲はアルバム「ウォーク・ドント・ラン'64」からのカット。

ベンチャーズ・スタイルのバンドを組んだ事のある人なら必ずレパートリーに組み入れていたはずの
スタンダード・ナンバーである。

SIDE2-2/10番街の殺人

これまた、ベンチャーズの大ヒット曲のひとつで、オリジナルはミュージカル作家として知られる
リチャード・ロジャースとロレンツ・ハートが1936年に作り上げたミュージカル「オン・ユア・トーズ」の挿入曲。デビュー曲「ウォーク・ドント・ラン」や「木の葉の子守歌」でベンチャーズのアレンジの巧みさは実証済みだが、この曲で更にその認識を強くする優れた仕上がり。

日本では「ダイヤモンド・ヘッド」に続き発表された第4弾シングル。
アルバム「ノック・ミー・アウト」からのカット。
パトカーのサイレンの音に始まるこの曲は、ベンチャーズの実力を十分に発揮した出来だ。

http://blogs.yahoo.co.jp/ypknn133/43165007.html
上記で紹介済です。

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1978年8月発売

(ジャケ裏解説より)

●ベンチャーズ紹介

1959年にワシントン州のシアトルで、ドン・ウィルスン、ボブ・ボーグルによりギター・デュエット・グループとして結成されました。
翌60年にノーキー・エドワーズ、ホーウィ―・ジョンスンの2人が加わって4人組として正式にデビュー、
同年5月の「急がば廻れ」がレコード・デビューになりました。
この曲が3ヶ月後にミリオン・セラーほ記録、ベンチャーズの名前は世界に轟いたのです。
その後「パーフィディア」「木の葉の子守唄」「ダイヤモンド・ヘッド」「10番街の殺人」など続々とヒットを放ち、エレキ・ギターの大ブームを巻き起こし、特に日本では社会風俗の面でも大きな足跡を残しました。1962年、当時の人気歌手ボビー・ヴィーと共に初来日したのをきっかけに、以後毎年のように日本公演を行なって、‘77年で15回目の来日回数を記録したことは皆様御存知の通りです。
メンバーは多少の移動があったものの、これだけのキャリアのグループとしては移動が少ない方でしょう。現メンバーは以下の通り。

ボブ・ボーグル(1937年1月16日オレゴン州ポートランド生れ、初期はリード・ギターだったが、現在はベース)

ドン・ウィルスン(1937年2月10日ワシントン州タコマ生れ、リズム・ギター担当ながら歌も時たま披露する。)

ノーキー・エドワーズ(1936年5月9日オクラホマ州ラホマ生れ、ソロ・ギタリストとしてアルバムも出しており、なうての名手といえる。)

ジョー・バリル(1941年7月イタリア生れ、ベンチャーズ3代目ドラマーとして‘73年から参加。)

■さすらいのギター

一時ほどの人気がなくなり、低迷していたベンチャーズ久々のシングル大ヒット曲、
ヨーロッパのグループ、ザ・サウンズが'63年にヒットさせた、日本からの依頼で吹き込まれた曲。
ティンバルス、カウベルなどパーカッションを使ったラテン・リズムをうまく採りいれた斬新なアレンジで見事大ヒット。
リード;ボブ、ドラム;メル、リズム;ドン、パーカッション;ジョー・バリル
ベース;ラリー・テイラー(元キャンド・ヒートのメンバーで、メル・テイラーの実弟)


■逃亡者

その昔同名のTV映画(デビッド・ジャンセン主演)やジョン・フォード監督の同名映画があったが、それとは全く無関係。
'65年にレインジャーズというグループがオリジナルヒットさせている。
'74年のコンサートで初めて生演奏を聴く事ができ、ファンの間で最近再び人気の出てきた曲。
犬の吠える声で始まり、逃亡者という感じがピッタリ。
アルバム「ファビュラス・ベンチャーズ」からのカット。
リード;ノーキー、ベース;ボブ、ドラム;メル、リズム;ドン

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1978年7月発売

●ベンチャーズ紹介

1959年にワシントン州のシアトルで、ドン・ウィルスン、ボブ・ボーグルによりギター・デュエット・グループとして結成されました。
翌60年にノーキー・エドワーズ、ホーウィ―・ジョンスンの2人が加わって4人組として正式にデビュー、
同年5月の「急がば廻れ」がレコード・デビューになりました。
この曲が3ヶ月後にミリオン・セラーほ記録、ベンチャーズの名前は世界に轟いたのです。
その後「パーフィディア」「木の葉の子守唄」「ダイヤモンド・ヘッド」「10番街の殺人」など続々とヒットを放ち、エレキ・ギターの大ブームを巻き起こし、特に日本では社会風俗の面でも大きな足跡を残しました。1962年、当時の人気歌手ボビー・ヴィーと共に初来日したのをきっかけに、以後毎年のように日本公演を行なって、‘77年で15回目の来日回数を記録したことは皆様御存知の通りです。
メンバーは多少の移動があったものの、これだけのキャリアのグループとしては移動が少ない方でしょう。現メンバーは以下の通り。

ボブ・ボーグル(1937年1月16日オレゴン州ポートランド生れ、初期はリード・ギターだったが、現在はベース)

ドン・ウィルスン(1937年2月10日ワシントン州タコマ生れ、リズム・ギター担当ながら歌も時たま披露する。)

ノーキー・エドワーズ(1936年5月9日オクラホマ州ラホマ生れ、ソロ・ギタリストとしてアルバムも出しており、なうての名手といえる。)

ジョー・バリル(1941年7月イタリア生れ、ベンチャーズ3代目ドラマーとして‘73年から参加。)

■スター・ウォーズ

1977年に全米で公開されるや、忽ちのうちにあらゆる記録を塗り変えた大ヒットSF映画“スター・ウォーズ”のテーマ曲。
この映画はプロデューサーがゲーリー・カーツ、脚本・監督がジョージ・ルーカスという
“アメリカン・グラフィティ”を生んだ大ヒット・コンビの作品。
音楽のジョン・ウィリアムスは、現在アメリカの映画音楽界ではこの人の右に出る者はいないと云われており、過去にも、1972年“屋根の上のヴァイオリン弾き”、1976年“ジョーズ”でオスカーを受賞している大ベテラン。ベンチャーズはその力作をデヴィッド・カーのアレンジとプロデュースの下で、
サウンド・トラックやその他の数多いカヴァー・ヴァージョンとはひと味違った素晴らしい演奏を聴かせてくれている。

■未知との遭遇

これ又、“スター・ウォーズ”と共に78年の日本の洋画界の話題を二分している大ヒット作で、
77年11月16日の公開日から23日までの一週間でニューヨークとロスの二つの映画館で
28万ドルという記録的な興行収入をあげたという話も有名。
監督・脚本は弱冠29才の若さであの“ジョーズ”を作り上げたスティーブン・スピルバーグ。
音楽はこれ又、ジョン・ウィリアムス。彼には上記の作品の他に、“タワーリング・インフェルノ”“ペーパー・チェイス”“シュガーランド・イクスプレス”“ファミリー・プロット”等がある。
デヴィッド・カーのアレンジのフル・オーケストラをバックにベンチャーズの軽快な演奏が聴きもの。

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