シベリア抑留の悲劇

こんな日本人がいたことを書き上げてゆきます。

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希望の黒い船

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いつごろ帰国ができるのか、聞いてみました。私より前にナホトカにいた人から話では、だいたい一〇日から二週間ぐらいの滞在で帰国できるらしいということでした。天幕がある場所も三箇所にあり、帰国が近くなるにつれ、海岸よりに移動するということでした。永くても二週間の我慢だ。それまでなんとか我慢しよう!船がくるまでが待ち遠しい。という気持ちがでてきました。

しかし、ソ連は、ただでは帰しません。帰国の船がくるまで材木運びや港湾荷役の仕事をしておりました。材木運びは、長さ一メートルから一〇メートルの材木の運搬をしました。長いものは、四人で天秤棒を使って運びました。私にとって、収容所での経験がなく体が慣れてなく辛い作業でした。でも、あと何日かの辛抱です。むしろ楽しみが増えてきました。

 私は、毎日、引き上げ船が入港するのを待ちました。朝早く起きて、水平線を眺めながら、いつ船が来るか待ち続けました。
 「今日は、きてないなー。いつくるのかなー」
 ナホトカに着いてから、すぐに帰国の船がこないのがわかっていながら、水平線を眺めていました。
 今日もまだ船が見えない。本当に今度こそは祖国、日本へ帰れるのだろうか?と半信半疑の心境でした。緊張と期待の気持ちでナホトカに滞在し八日を迎えたときのことでした。
今日こそは、船がくるぞと期待し、早朝浜辺に行ってみました。

さきに浜辺にでていた人が大声を出していました。
 「黒い船体に日の丸だ!日本の船がきたぞ!」
みんなで飛び上がって喜んでいました。よく見ると船体に日の丸が掲げられていました。
 「日本は、まだあったんだ!迎えにきてくれたんだ!」
急いで浜辺に走っていきました。皆も船がきているのがわかったみたいで、大勢海岸に走ってきていました。きた船に向かって、ありったけの感激の気持ちを表現していました。
 「日本の船がきたぞー」
 「やっと日本へ帰れるぞー」
 「バンザイ!」
 皆、今まで待ちに待った帰国の船に、日本の船に、今までの想いに想った帰国の想いが、現実になりつつあることで感動と感激でいっぱいになっていました。


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