シベリア抑留の悲劇

こんな日本人がいたことを書き上げてゆきます。

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八月十三日、深夜

私たち奮闘兵団は、奉天を出発し、一睡もせず翌朝には、新京へと進む強行日
程でした。
出陣の前夜、いろいろな想いが頭をよぎりました。家族への想い、友達への想
い、開拓団への想い。眠れませんでした。

上官より、今夜のうちに爪と髪の毛を切って遺書を書いておくように言われま
た。衣類から下着(ふんどし)にいたるまで新しいものが配給されました。着用
してみると、上着の左下裾の内ポケットに包帯三本、右下裾の内ポケットには、
紙に包まれた白くキラキラ輝いている粉末がはいっていました。

上官に、
「この白い粉末は、何でしょうか?」と聞いたところ

「それは、自決用の青酸カリだ。いざとなったら使用するものだ」

と聞かされました。正直、自分の命のはかなさを感じました。そして命の大切さ
を思い知らされました。

いつも携帯していた戦陣訓に書かれていたことを思いだしました。

恥を知るものは強し。常に饗等家門の面目を思ひ、いよいよ奮励し
て其の期待に答ふべし。
生きて虜囚の辱めを受けず、死して罪過の汚名を残すなかれ。

敵の捕虜になって辱めをうけるより、捕まる前に自決しろという教えがありま
した。

そして遺書を、この世に何も思い残すことがないよう気持ちをこめて書き上げ
ました。
お父さん、お母さん、永い間お世話になりました。先立つ不幸をどうかお許し
ください。俺もいよいよ国のために尽くすときがきました。粉骨砕身、国の礎
となります。
後方の本隊に遺書と爪、髪を残し、懐には、自決用の青酸カリをしのばせ、何
ら思い残すことはありませんでした。日本男子の本懐である。思う存分敵戦車を
打ちまくるぞ!

ソ連を新京に絶対に入れてはいけない。外はドシャ降りの雨の中、それが涙を
意味するのかと連想しました。いやな予感を胸に目的地、新京まで進みました。

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「生きて虜囚の辱めを受けず、死して罪過の汚名を残すなかれ」の部分は、生きて(戦争犯罪者として)虜囚の辱めを受けず、死して(戦争犯罪者としての)罪過の汚名を残すなかれ、と読むべき、つまり戦争犯罪を禁じた趣旨のようです。

世間で言われている解釈なら
「生きて虜囚の辱めを受けむより、むしろ死して俘虜の汚名を残すなかれ」でないとおかしいですよね。

2009/9/12(土) 午後 10:34 ure*ruh**oshi

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