教育とは何か

「教育とは何か。」教育に関して、これに答えない、あるいは答えられない議論は無意味です。

全体表示

[ リスト ]

35人学級

35人学級
 文部科学省が、学級編成の子どもの数を35人にすることを決定しました。予算と人材確保に懸念を表明する意見も見られ、これは実際無視できない問題なのですが、社会一般、教育界ともに好意的な意見が多いようです。教師が担当する児童・生徒の数を減らせば、それだけ一人ひとりの子どもに対してかけられる時間が増え、きめ細かい指導ができ、質の高い教育ができるはずだからです。実際に、教師を増やす財源をどうするかとか、新人教員をどうやって一人前の教師に育てるか、或いは教室が足りなくなったらどうするかとか、問題は山積みなのですが、とりあえず、教育に人的投資を行なおうとする姿勢は、評価できるでしょう。
ところで、反論の中に気になる論調があります。それは、結局教師が楽をしたいだけだろうという非難です。教育関係者としてこの論難を苦笑とともに無視するか、それとも憤りを持って反論するかは、どちらでも良いのですが、少し気になることもあります。それは、この改革が、少人数にすれば教育の質が高まるということを、自明な命題としていることです。果たしてこれは無邪気に受け入れて良いのでしょうか。
 戦後、50人の児童・生徒が、文字通り教室に詰め込まれていた時代がありました。つまり劣悪な環境で、「質の悪い」教育が行なわれていた訳ですが、果たしてそう言い切れるでしょうか。
 当たり前のことですが、教育の質は、児童・生徒の人数に単純に反比例する訳ではありません。社会一般の動向や、教員の意欲や質、あるいは家庭の教育力などによって複雑に変化します。教育の質に対する考え方すら変わるのです。つまり知識を多く有することを重視する教育から、豊かな創造力を育てることを求める教育へ、といった具合に。戦後の50人学級時代の教育が劣悪だったと切り捨てるのは、暴論であるのと同様に、少人数にすれば教育が良くなると信じるのは単純すぎます。少人数にすれば教育の質が高まるという命題が肯定されるのは、現在の社会では個性を尊重し(つまり子どもは切り捨ててはならず)、創造性を育む(つまり時間をかけて考えさせる)教育が求められているからなのです。(家庭の教育力が低下し、教師の指導が入り難くなったことも付け加える必要があるかもしれませんが。)いずれにしろ、この風潮は今後とも続くと思われます。
 ところで、これはどこまで行くのでしょうか。より高い質の教育を目指して、30人学級、20人学級へと進むのでしょうか。そして究極的には1対1の教育を行なう社会が形成されるのでしょうか。??
 
 
 
イメージ 1
 

閉じる コメント(0)

コメント投稿

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

名前パスワードブログ
絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
投稿

.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事