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今月18日、都営バスは運行開始から90周年を迎えます。そんな都営バスの歴史を紹介したいと思います。
1924年1月18日、東京市電気局(現在の東京都交通局)が暫定的に乗合バスを運行開始。当時は関東大震災で大きな被害を受けた市電代替輸送機関でした。最初の区間は東京駅〜渋谷駅(中渋谷)、巣鴨駅(巣鴨)〜東京駅です。当初は1924年7月末で運行を終了する予定でしたが市バス利用者が定着してきたこと、設置した車庫や購入車両などの投資、乗務員の処遇の問題などもあり運行は継続されることに。
このころ、東京市内では東京乗合自動車(1938年に東京地下鉄道(→帝都高速度交通営団、現・東京地下鉄)に合併、通称「青バス」。)が経営する乗合バスが運行しており市電の強敵でした。青バスの車掌には10代後半〜20代後半の女性を採用。制服の襟が白だったので「白襟嬢」と呼ばれ注目を集めていました。東京市はこれに対抗、こちらは制服の襟が赤色だったので「赤襟嬢」と呼ばれるようになります。なお、女性車掌の乗務は戦後、バスのワンマン化が進む中でも1980年代まで散見しています。
1942年2月までに電気局は先述の「青バス」をはじめ、東京環状乗合自動車(通称「黄バス」、東京高速鉄道傘下)、城東乗合自動車、王子電気軌道の全路線と京王電気軌道、東京横浜電鉄のバス部門と葛飾乗合自動車(東京地下鉄道系列)の旧市内路線、大東京遊覧自動車を買収しました。これは陸上交通事業調整法に基づく戦時統制によるものです。
1942年に電力統制が敷かれ電気事業を分離、1943年に東京都制が施行され東京都交通局に名称を変えました。戦時中は工場への輸送などの需要をさばく必要が生じていたこと、物資の不足や度重なる空襲の被害なども相まって運行する系統も限られたものへと縮小しました。
戦後、運行していたのはわずか12系統。浜松町・渋谷・新宿・大塚・千住・大島・堀之内・江東の8営業所と4の分車庫が存在するのみでした。車両は木炭車を中心とした代燃車両が用いられていましたが満足に走れる車両は多くありませんでした。このような中で米軍の余剰のトラック、トレーラーが国内バス業者に払い下げられることに。交通局には約400台が割り当てられ、復興に大きく貢献しました。
1947年には現在ではほとんど行われなくなった民営バスとの相互乗り入れが始まりました。1948年に休止中だった遊覧バス事業を新日本観光(現・はとバス)に譲渡。1954年には観光バス事業を再開しました。
1952年に地方公営企業法の適用を受けました。その後は乗客の増加などもあり経営的には順調でしたが1961年度以降は赤字基調に。度重なる運賃改定で解消することはできませんでした。その中で経営再建を図るためにワンマン化や路線再編を行いました。都心部での慢性的な渋滞も相まって1963年から1972年にかけて現在の荒川線を残して都電は全廃。無軌条電車(通称トロリーバス)も廃止されました。これらの多くの代替輸送機関として都営バスの路線が設定され、37系統が新設。これらの多くは現在の都営バスの基幹路線になっています。一方、青梅地区のバス事業は1949年に開始。当時は西東京バスと西武バスで運行が行われており成木地区の1系統を除きこの2社が独占していました。青梅市山間部の人口減少が進むと1975年には一部を除き西武バスは撤退することに。このため交通局が引き継ぐことになり一部を除き現在の形になりました。
冷暖房車の運行開始は1979年(深川・練馬・葛西・早稲田の4営業所)。すべての営業所に冷暖房車が投入されるようになったのは1980年、当初は1営業所につき2台です。すべてが冷暖房車になったのは1990年代のことでした。
1981年に行先方向幕を大型化した冷暖房車を210台投入、都電廃止の時に投入した車両を置き換えました。この時の塗装はイエローベースに赤ラインの「スズキカラー」でしたが評判が悪く1982年にアイボリーベースに緑ラインの「ナックルライン」と呼ばれる塗色に変更されました。
このようにバス事業のサービス改善を行ったものの渋滞の悪化、定時制の喪失などの要因が重なり利用者は減少。この対策として1984年から都市新バスの運行を開始(旧・橋89系統、渋谷駅〜新橋駅)。愛称は「グリーンシャトル」、系統番号は都01です。この路線は成功をおさめ都市新バス化の前後で利用客の増加やバスに対する信頼を回復しました。この都市新バスはその後も設定が行われ2010年現在で8系統(都01〜08系統)運行されています。
2000年からは増収対策として広告を車体に貼りつけるラッピングバスが登場しました。
このような様々な方策で利用客減少をつなぎとめようと試みてきましたが大幅な路線の廃止を伴う路線再編は地下鉄の延伸のたびに行われてきました。営団半蔵門線・南北線の延伸や都営大江戸線、りんかい線全線開業、日暮里・舎人ライナー開業が代表例です。これにより多くの路線が廃止、減便されるとともに地下鉄と並走する区間の利用客が落ち込むこととなりバス事業の利用客の減少は続きました。それの対策として「アクセスラインバス」「フレキシブルバス」「ダイレクトバス」「ラピッドバス」といった新しいタイプのバスを運行することになりました。
2013年4月16日、猪瀬直樹知事が都営バスの終夜運行を行う方針を明らかにしました。同年12月20日深夜から六本木〜渋谷の路線で70分間隔での運行を開始。1年程度様子を見て問題がなければ都心部で終夜運転を行う路線を広げる予定です。運賃は大人400円(現行の深夜バスと同料金、2014年1月13日現在)で安全確保のために警備員1名が同乗します。
<車番について>
交通局では一般的に車両管理をするためにつけられる車番と呼ばれるものを「局番」と呼んでいます。写真のものを例にとると「N−A545(北)」と書いてあるものが局番です。
それぞれ左から営業所記号、購入年度記号、番号、所属営業所を表しています。
写真の場合、
N−営業所記号
A−購入年度記号
545−固有番号 *42・49は忌み番として使われていません。
(北)−所属営業所 *貸切車の場合は省略されます。
となります。営業所記号のNは北営業所を、購入年度記号のAは1994年度購入を表しています。購入年度記号のアルファベットは数字と似ているI・J・O・Q・Uを除いた21文字を使用していますが都営バスは12年ほど使用した車両は除籍されるために重複が起こらないようになっています。
車番についての詳細はこのページをご覧ください。http://pluto.xii.jp/bus/car/index.shtml
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