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今となっては昔の事だが、私が小学生の頃の夏休みは田舎の祖父母夫婦の所へ両親と一緒に行くのが習慣だった
祖父母の家の裏には小さな山があり、その頂上には大きな木があった。
そこへ行くには小さな穴を通らなければならなかったので、私はそこで一人になった。
私はその家に行ったら何時間もその木の根に腰かけ、その大半を木の葉の音に耳を傾けながらいろいろな事を考えていた。
友達の事や勉強の事、家族の事など考える事は色々とあった。
答えが出なくても、その時間はとても充実した時間になった。
小学校6年生の時も私たちは揃ってその家を訪れた。
勿論私は挨拶も早々に裏の木へと向かっていた。
しかし、そこには見慣れた木は無く、大きな切り株があるだけだった。
見ると私が通っていた穴と逆方向に大きな道が出来ていた。
元々藪(やぶ)だったその場所は切り開かれていた。この木を切った人が切ったのだろう。
私は大きな喪失感といつまでもその木があると思い込んでいた自分の浅はかさに嫌気がした。
切り株に腰かけ、又色々な事を考えた。
いつも私に語りかけてくれていた葉音は止み、私の体を日差しが焼いた。
私は色々な事を考えた。
友達の事や勉強の事や家族の事。それ以上に切り株になってしまった大きな木の事を考えた。
私は考える事を止めなかった。
私の体を焼いた太陽が落ちてからは木の事しか考えられなかった。
両親にも祖父母にもこの場所を教えなかったので、誰も邪魔する者はいなかった。
でも、皆私を探しているんだろう。
私は考える事を止めなかった。あれから2度太陽と出会い、2度別れたが不思議とお腹も減らなかったし、喉も渇かなかった。
流石にそろそろ戻らなければいけないだろうと思い、立ち上がって足を出そうとしても足は根が生えたように動かなかった。
いや、実際に根が生えていたのだ。
怖くはなかった。木の事を考え始めてから4日間考えていた事が形を成したのだ。
私は嬉立ったまま色々な事を考えた。
これから私は足元から少しずつ木になるのだろうが、あの木のように大きくなれるか…と少し不安になった。
それからもう一度太陽が昇り、また沈んだ。
私は膝までが木になり、座る事が出来なくなったが、それ程苦にはならなかった。
それから三度太陽に出会い、またお別れをした。
私は肩までが木になり、両の手は枝になり、モチモチとしていた肌は今では飛び切りのごつごつした乾燥肌になっていた。
後もう少しと思い目を閉じると目の前から声が聞こえた。
「梢!どうしたんだその体は!」
重い瞼を開くと、目の前には随分と小さくなった父と祖父の姿があった。
「お父さん、お爺ちゃん、見てよ。私木になったんだよ。ここにあった木の代わりの木になるの」
二人とも言葉が出ないようだ。私は大きく深呼吸すると言葉を続けた。
「勝手なのは分かってる。でもね、私はここで大きな木になってここに来る人を見守ってあげたいの」
そう言った途端、私が木になる速度が加速した。足元で切り株を取り込む。
身長は大きくなり、首が回らなくなった。恐怖は無く、ただ心地よい疲労が私を包んでいた。
それから数年、いや数十年が経ったかもしれない。
私は今、あの時と同じ夏を木として楽しんでいる。
足元には、私の足先に座って何かを考えている少年がいる。
私は両手を揺らし、彼に葉音で語りかけている。
私はそんな日常が案外好きで、昔の自分を見ているような懐かしいようなこそばゆいような感覚がした。
これから数年や数十年、あるいは明日かもしれないが、私は忘れ去られ、朽ち果てていくだろう。
だけど、それでいいと私は思い、もう一度腕を風に戦(そよ)がせた
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