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69年前の今日、3月14日。 白人ジャズ・ヴォーカルのパイオニアである女性歌手が、「スターダスト」の作曲で有名なホーギー・カーマイケルの傑作「ロッキン・チェア」を歌い上げた。 そしてそれは、永遠に語り継がれる名唄となった。 ■アルバム/アーティスト■ ロッキン・チェア・レディ/ミルドレッド・ベイリー ■楽曲リスト■ 01. Rocin' Chair, ロッキン・チェア 02. Willow Tree, ウィロー・トゥリー 03. Honeysuckle Rose, ハニーサックル・ローズ 04. Squeeze Me, スクイーズ・ミー 05. Down Hearted Blues, ダウン・ハーテッド・ブルース 06. When That Man Is Dead And Gone, あの人が死んでしまったら 07. Jenny, ジェニー 08. Georgia On My Mind, ジョージア・オン・マイ・マインド 09. Sometimes I'm Happy, サムタイムズ・アイム・ハッピー 10. I'm Afraid Of Myself, アイム・アフレイド・オブ・マイセルフ 11. Everything Deppends On You, エヴリシング・ディペンズ・オン・ユー 12. Lover, Come Back To Me, 恋人よ我に帰れ 13. All Too Soon, オール・トゥ・スーン 14. I'ts So Peacefull In The Country, イッツ・ソー・ピースフル・イン・ザ・カントリー 15. Wherever You Are, ホエアエヴァー・ユー・アー 16. I Think Of You, アイ・シンク・オブ・ユー 17. More Than You Know, モア・ザン・ユー・ノウ 18. Cry, Cry, Cry, クライ、クライ、クライ 19. Blue Prelude, ブルー・プレリュード ■パーソネル■ ミルドレッド・ベイリー(vo)、バニー・ベリガン(tp)、ジョニー・ホッジス(as)、コールマン・ホーキンス、チュー・ベリー(ts)、テディ・ウィルソン(p)、グラチャン・モンカー(b)etc. ■録音■ 1935年12月6日(02〜05) 1941年2月24日(06, 07) 1941年3月14日(01, 08〜10) 1941年6月13日(11〜13) 1941年6月24日(14) 1942年2月12日(15〜17) 1950年4月25日(18,19) ■レーヴェル■ DECCA ■効能■ 恋に浮名を流し、美味しい食べ物に目がなかったことでも知られる、ミルドレッド・ベイリー。 シロフォン(木琴)奏者のレッド・ノーヴォとのおしどり夫婦振りは有名だ。 このアルバムには、1920年代から歌い続けた彼女の、全盛期だったデッカにおける録音19曲全てを1枚に集めた代表作である。 写真をご覧になれば一目瞭然、グルメなミルドレッドはライヴ・ハウスなどで稼いだ金の殆どを食べるために使ったと聞く。 しかしその見事?な巨躯から溢れる声は、実にチャーミングで愛らしいのだ。 程よいスウィング感と粋な歌いまわし。ソフトでデリケートなブルース・フィーリング。 その声に恋し、虜にさせてしまう底知れぬ魅力を持っている。 そんな彼女が歌った「Rocin' Chair」は大ヒットとなった。 まるでミルドレッドのためにあるかのような和みの旋律は、彼女の類稀なる声と絶妙にマッチングし、人々の琴線に触れた。 このヒットのおかげで、彼女のニックネームは“ロッキン・チェア・レディ”となったのである。 そして12「Lover, Come Back To Me」も彼女の決定的、伝説的名唄として知られる。 08「Georgia On My Mind」、09「Sometimes I'm Happy」の、えも言われぬ深い郷愁も忘れ難い。 その時代に生きてなくとも感じる懐かしい響き。 多くのヴォーカリストたちのお手本が、このミルドレッド・ベイリーの歌唱なのだ。 ミルドレッドは1951年、享年43歳という若さで亡くなった。 大食により患った糖尿病や心臓病が原因だった。 素晴らしい逸話が残されているので紹介しよう。 その晩年の病気で入院していたミルドレッドは、ノーヴォとも離婚しており、すべてのお金を使い果たしていたため医療費が払えなかった。 そこで、作曲家のジミー・ヴァン・ヒューゼン、ビング・クロスビー、フランク・シナトラの3人がミルドレッドの入院費を分担して支払ったそうだ。 ヴォーカリストとしてのミルドレッドを尊敬して止まないアーティストたちの美談として、記憶に留めて置きたい。 ■所有■
紙ジャケCD |

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