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原作は読んでいた。
話の流れはつかむことができた。
原作者の新田次郎の山岳小説はどの話しも事実を克明に調査しそこに作者の思いを表現し
いるが、この「剱岳点の記」も孤高の剱岳を通して作者の思いが描かれている。
小説を読みながら明治の頃の登山の様子や、立山、そこから見えるアルプスの山々が目に
浮かぶようだった。
作者は自分の目でこれらの山々を見、登る辛さを体験しているはずである。
映画化にあたって、監督の木村大作も我が目でこれらの山々を捉え映像にするアングルを
確かめながらきっと鳥肌が立ったのではないだろうか。
監督はカメラマンとして数々の映画を撮ってきた。
「八甲田山」しかり、高倉健の映画しかり
雪を撮らせたら右に出るものはいないと言われる名カメラマンである。
きっと木村大作は、「剱岳」をカメラマンのアングルで捉えたのではないだろうか。
原作の捉え方は流れとしては大きなズレなかったと思うが、登山隊の出現のしかた、軍隊
の人にあらずの描き方がやくざ映画じゃあるまいしと思った。
木村大作はカメラアングルという映像が優先したのではないだろうか。
新田次郎の「剱岳点の記」を映像にしたというより、
剱岳を映像化する手立てとして原作があったのではないだろうか。
日本登山隊の描き方は少々アクが強すぎたように感じた。
もっと純粋な存在のはずではないだろうか。
が、この映画を待ち望んでいた一人として期待して鑑賞した。
香川照之がよかった!
そして素人の勝手な感想を言ってしまったが、
久しぶりに見応えのある映画を観た。
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山岳に限らず、寒冷地で人間が活動を続けるには、熱量源としての食糧を如何に確保するか?・・・ この点が大変重要な問題になります。新田次郎の小説は、人間生存の為のこの鉄則を、決して疎かにしません。
『剱岳〜点の記』でも、煮炊きの為の薪を何処で確保するか? 食糧の補給をどのように算段するか? 測量部隊の行動を、兵站部隊が如何にサポートするか?・・・これらの記述に余念がありません。
翻って、映画では その方面に配慮された形跡がほとんど覗えません。確かに 暴風雨の中、隊列を組んで歩き続ける場面が随所に描かれてはいますが、結局彼らには、後で 山小屋の燃料で炊かれた飯が 供されるのだろう・・・と, どうも 醒めた目線で見てしまいます。
2009/6/29(月) 午後 0:16
小説の中で、小生が最も好きな場面があります。
働き詰めの柴崎芳太郎・・・彼の健康を気遣った案内人達は、貴重な鶏卵を 里から密かに取り寄せるのですが、柴崎は それを味噌汁に入れて、全員で分け合うことにします・・・
柴崎芳太郎が そういう人物だったからこそ、
危険な稜線や雪渓を歩く時、測夫らは常に 柴崎を護る位置に立ち続け
案内人らは献身的に働いたのではないかと思うのです。
映画では、浅野忠信さん扮する柴崎測量官が、案内人らに対して終始敬語を使っていましたが、柴崎の人間としての謙虚さ/誠実さを、そういう形でしか表現できなかった演出に、小生は落胆しました。
原作者の故 新田次郎氏は、山岳気象と登山の専門家でしたが、そこに依存することなく、エンターテイメントとしても読者を愉しませる作品を残しました。それだけに、プロの映画カメラマンが、映像の力に依存し、原作に較べて著しく痩せた物語しか作れなかったことが、残念に思われてなりません。
2009/6/29(月) 午後 0:16
キハさん訪問してくださってありがとうございます。
そういえば原作の中に少ない給金だろうに香川ふんする案内人に毛のコートをそっと贈る場面がありました。滲み出る人柄を表す場面だったような気がします。
2009/6/29(月) 午後 2:43