映画 読書

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この映画のラストのキャスト、スタッフ紹介が印象的だった。

「仲間たち」の文字のあとにキャストやスタッフの名前が次々に紹介される。

そして、最後の最後に「この映画を原作者にささげる」がうかんでおわる。

最後は監督の紹介でおわることが多いのだが、特に監督が特別席に位置していない描写

だった。

映画を創った人全部が仲間たちなのだろう。

そしてこの映画のもう一つのテーマでもある「点の記」を刻んだのは測量士だけではなく

案内人の山で暮らす人たちを含めた仲間たちなのだを印象付けていた。

出演者を見ると親が俳優という人がたくさんいた。

香川照之は父親が市川猿之助、松田龍平は松田優作の息子、蟹江一平は蟹江敬三の息子、

そして川谷拓三の息子が父親によく似た面影を見せていた。

雪山を黙々と歩くこの人たちから目を離せなかった。

映画「剱岳点の記」

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原作は読んでいた。

話の流れはつかむことができた。

原作者の新田次郎の山岳小説はどの話しも事実を克明に調査しそこに作者の思いを表現し

いるが、この「剱岳点の記」も孤高の剱岳を通して作者の思いが描かれている。

小説を読みながら明治の頃の登山の様子や、立山、そこから見えるアルプスの山々が目に

浮かぶようだった。

作者は自分の目でこれらの山々を見、登る辛さを体験しているはずである。

映画化にあたって、監督の木村大作も我が目でこれらの山々を捉え映像にするアングルを

確かめながらきっと鳥肌が立ったのではないだろうか。

監督はカメラマンとして数々の映画を撮ってきた。

「八甲田山」しかり、高倉健の映画しかり

雪を撮らせたら右に出るものはいないと言われる名カメラマンである。

きっと木村大作は、「剱岳」をカメラマンのアングルで捉えたのではないだろうか。

原作の捉え方は流れとしては大きなズレなかったと思うが、登山隊の出現のしかた、軍隊

の人にあらずの描き方がやくざ映画じゃあるまいしと思った。

木村大作はカメラアングルという映像が優先したのではないだろうか。

新田次郎の「剱岳点の記」を映像にしたというより、

剱岳を映像化する手立てとして原作があったのではないだろうか。

日本登山隊の描き方は少々アクが強すぎたように感じた。

もっと純粋な存在のはずではないだろうか。

が、この映画を待ち望んでいた一人として期待して鑑賞した。

香川照之がよかった!

そして素人の勝手な感想を言ってしまったが、

久しぶりに見応えのある映画を観た。

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話題の映画観てきた。

八月の終戦記念日に合わせて、例年戦争の無念さが映画化されるが、

八月にはまだ早い六月だが、いい映画だった。



敵艦との息詰まる応戦。最後になるだろう応戦の直前、戦争は終わったの打電。

互いにエールを送るがごとくのラストに心が打たれた。

「真夏のオリオン」が朝明け前の南の空に輝く。


封切に先立って、広島の呉市で子ども達へのプレゼントもかね

試写会をしたニュースをみたが、呉は海軍の町。

何人もの若者がこの港から死出の旅に出発した。

その町での試写会に感動したばかりだった。

試写会に出演していた吉田栄作さんの子ども達への言葉がよかった。

映画の中でも機関長の吉田栄作は映画全体を引き締めていた感があった。

太宰治と玉川上水

玉川上水沿いの道は、今では文学の小径の趣きで緑豊かなプロムナードになっている。

昭和23年6月19日は太宰とその愛人がこの玉川上水で水死体として発見された日である。

今年は太宰治生誕百年として、太宰論が再燃されている。

こんな川で水死するなんてと思うほど川幅が狭い。

小学生が社会の勉強で江戸時代の水路を作る学習をするが、

玉川上水は玉川兄弟が苦労して江戸の中心地に水路を引いてくる学習である。

けっして広い川ではない。

流れが急だったのだろうか・・・それとも太宰とその愛人は、

川の両側の護岸の役目をしている草木につかまることをしなかったのだろうか・・・

「人間失格」を書いてそして「グッド・バイ」を残して

1948年6月13日に入水自殺をしたのだが・・・

「人間失格」は学生の時から時々読み返すが、私は共感できないでいる。

39歳だった時も共感できなかった。

つい先日また読んでも太宰の暗部が分からないでいる。

人間として生きることってそんなに辛いものなのだろうか・・・

近くの映画館で上映されている時には観たいと思わなかった。

身内が死に遺体をお棺に入れる所作を間じかに見たばっかりだったせいでもある。

女性二人のおくりびとだった。

おくりびとと言う名称だったかどうかは分からないが、実に丁寧に死に装束を施し

てくれた。

去年12月酒田に旅をした時タクシーの運転手さんが、最上川の土手を指差して

「ここですよ。『おくりびと』のロケ地は。」

土手で主人公がチェロを弾いてる場面はここで撮影されたと言う。

土手の向こうに鳥海山が大きくそびえ立っている。

12月の酒田の旅は、雪をかぶった鳥海山を見るのが目的のひとつだったが、

この時は天気が悪く鳥海山はうっすらとしか見えなかった。

さらに私は、この時点で『おくりびと』の舞台が酒田だったとは、知らなかった。

酒田の街並にふれていたせいもあるが、街並と土地の人と鳥海山と最上川が、

この映画を確かなものにしたのだなとしみじみと思った。

最上川の川原で拾った石が石文として主人公の父親の手に握り締められている場面

では人が生きてきたこと、そして死んでいくことの因果をつくづくと思った。

もうDVDが発売されている。

でもまだ上映している映画館がある。

遅ればせながら、『おくりびと』観ました。

そして、観てよかったです。

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