2006遍路旅春涅槃の道場讃岐

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実は一回目の最後のお礼参りを終えていなかった。

高野山のお参りを終えると本当に遍路旅が終わってしまうようで先延ばしにしていた。

この度やっとお礼参りを済ました。

心残りもなく満足のいく最後のお参りだった。

高野山は本で見るより、話しに聞くよりすばらしかった。

お四国参りは連れと二人の旅だったが、

別に連れがいなくなった訳ではないが高野山は私一人のお参りになった。

恵光院の宿坊にお世話になり、高野山の奥の院をじっくりお参りし、

二日間にわたって新緑の世界遺産高野山を見て回った。

すばらしかった。

奥の院までの墓石を丁寧に見させてもらった。

金剛峰寺は去りがたかった。

かくて2005〜2006年と一年かけた私の一回目の遍路参りの旅は

2009年5月17日をもって結願した。

すでに2008年から二回目の遍路参りが始まっている。

区切って区切ってのお参りなのでここ高野山に再び来るのはいつになるか分からないが、

きっとまた来たい。

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はじめての遍路の記録を何かの形にしたかったが、ブログに載せることで、たくさんのみなさんに見ていただき感謝しています。
 
我が人生のなかでちょっと話題になる経験でした。
(もう一つ我が人生で話題になることは、若い時の富士山8合目での一ヶ月の山小屋のバイトがあるが、これはまた別の機会に)

通し遍路ではなかったが、バスと鉄道も使った一国参り遍路だったが十分歩いたと実感している。

あの達成感をもう一度味わいたいと今年2008年また歩き始めている。
季節ごと2〜3日ずつの区切り打ちであるが、もう一度全寺を巡りたい。

「2008二度目の遍路」がんばろうと思う。

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八十八番札所言医王山大窪寺=香川県さぬき市多和兼割
     薬師如来(おん ころころ せんだり まとうぎ そわか)

  結願寺には一歩一歩刻むように到着するはずだったがずい分早く
  大窪寺に着いてしまった。親切な土地の人の計らいだったとは言え
  少々残念な気持ちだった。
  気持ちを入れ替え、ここまで歩かせてもらったお礼のお参りはしっかり
  させてもらう。

  阿讃山脈の峠にあるようなこの寺は南は阿波徳島、北に讃岐香川を望む
  ことができる。

  般若心経、ご真言を唱えながら「これで終わりか」と言う思いで寂しい
  気持ちになった。

  今日の宿は八十窪と言う遍路宿だ。たくさんの遍路さんを見てきた宿の
  ようだ。
  夜は結願の祝いだと言って赤飯がふるまわれた。


  讃岐香川の札所・・・23寺

  66番雲辺寺〜67番大興寺〜68番神恵院〜69番観音寺〜
   
  70番本山寺〜71番弥谷寺〜72番曼荼羅寺〜73番出釈迦寺〜

  74番甲山寺〜75番善通寺〜76番金倉寺〜77番道隆寺〜

  78番郷照寺〜79番天皇寺〜80番国分寺〜81番白峰寺〜

  82番根香寺〜83番一宮寺〜84番屋島寺〜85番八栗寺〜

  86番志度寺〜87番長尾寺〜88番大窪寺

  
お礼参りは一番札所霊山寺へ

  次の日、阿讃山脈を越え、十番寺の切幡寺に出る。切幡寺から徳島線
  の学駅に向かう。歩くこと6時間半の道のりだった。
  学駅から一番寺に向かう。一年前の最初の寺である。最後の納経をして
  もらう。
  「結願おめでとうございます。」
  とお茶をふるまわれ、さらに念珠もお接待してもらう。
  
  さらに高野山と言うのが遍路旅の閉めであるが、そうするとこの遍路
  が本当に終わってしまう。
  ・・・だから私の遍路はまだ終わらない・・・



  

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八十五番札所五剣山八栗寺=香川県高松市牟礼町
     聖観世音菩薩(おん あろりきゃ そわか)

  昨夜は高柳旅館にお世話になった。
  客は私達だけだったが宿の奥さんの何気ないもてなしが嬉しかった。
  繰り返し訪れる遍路さんも多いとのことだった。
  
  八栗寺は宿から3キロほどだった。
  緩やかなつづら折が続いている。
  
  弘法大師が唐に仏教を学びに行く時、焼き栗を八つ植えたのだと言う。
  帰ってくると焼き栗なのに八本とも芽を出していたのだと言う。
  八栗寺の縁起なのだが、正直「へぇー」と言うか感じ・・・

  「八栗寺の ゆるやかな坂 踏みしめる 巡るこの旅 終わりが見える」



八十六番札所補陀洛山志度寺=さぬき市志度
     十一面観世音菩薩(おん まか きゃろにきゃ そわか)

  八栗寺から高度を下げながら右手を見ると谷を隔てて屋島が見えた。
  どこを見ても桜がちらほらしている。
  
  国道十一号線に出て左に志度湾を見ながら進む。
  琴電志度線、高徳線と平行するように進む。
  途中、路地裏の遍路道に入ると平賀源内の遺品館があった。
  志度寺奥の院の地蔵寺があった。
  奥の院と言うのは本院よりももっと険しく、もっと奥にあるものだと
  思っていたがこの奥の院は通りに面した普通のお寺さんのようだった。

  志度寺の開祖は藤原不比等だと言う。
  鎌足の息子が突然ここに表れることが興味深かった。

   「海を背に 補陀洛山の 額みごと 山門大きな 志度の寺」


八十七番札所補陀洛山長尾寺=さぬき市長尾西
     聖観世音菩薩(おん あろりきゃ そわか)

  志度寺を出ると国道を横切って県道を真っすぐ進む。
  途中大きな交差点の信号待ちの所で、前行く夫が年配の御婦人と何か
  話しているのが見える。
  笑顔で話しているので、こんな所で知っている人に会うとは・・・

  後で訊くと知らない人だと言う。
  さっきの人がニコニコと話しかけてきたのだと言う。
  見覚えはないが自分を知っている人だろうと思ったと言う。
  でも私は、あの人は義母に違いないと思った。義母があの人の姿を
  かりて会いに来たのだと絶対思った。
  
  土地の人が労いの言葉を掛けてくれたのだとは思うが
  あの笑顔は慈悲にあふれていた。

  高徳線を左手に見て緩い登りのコンクリート道を行く。
  途中、小さいお寺のお堂でお昼を食べていると、お参りに来た近辺
  の人が労いの言葉を掛けてくれた。
  そして「お接待です。」と言って、五百円を握らせてくれた。
  前にも讃岐路に入ってすぐの時、夫と私と別々に二百円ずつ頂いた
  ことがありびっくりしたが、お守り代わりにしまってある。
  今回は結願寺の大窪寺にお賽銭として納めさせてもらおうと思った。

  長尾寺まで単調な道だったが、寺の門前には何軒かの宿があり、今日は
  ここで泊まり、明日結願寺に向かうことにしようと宿を探す。
  境内にいた土地の人がいろいろ教えてくれた。

  ところが、納経所から小走りに戻ってきた夫が
  「最終バスに間に合うらしいぞ!どうする」
  と言う。寺が生活の一部にしているような人も後から走ってきて
  「もう間に合わないかもしれないが、こっちの道を行くと近道じゃ」
  と先頭きって家と家のすき間のようなところを走って行く。
  あっけにとられながら私たちも続く。さっき一緒に宿探しをしてくれた
  人も走ってくる。
  バスと同時にバス停に着いた。
  そして、気がついたら座席に座っていた。
  親切な土地の人二人が手を振ってくれた。
  複雑だった。
  結願寺の大窪寺まで歩くと五時間・・・
  結願めざして一歩一歩踏みしめるはずだったのに、あっという間に着い
  てしまう。それもコミュニティーバスの百円で・・・・

  

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八十三番札所神毫山一宮寺=香川県高松市一宮町
      聖観世音菩薩(おん あろりきゃ そわか)

  根香寺から尾根を分岐まで戻り鬼無に降る。降る途中、瀬戸内海の島々
  と高松の市街地が見える。
  道の両側は桜満開。カメラマンだろうか、写真を撮っている青年に会う。
  「綺麗ですね!」
  声をかけると誇らしげに応えてくれた。土地の人なのだろう。
  この辺りの美しさを熟知しているようだった。

    「若者の 指さす先に 八重桜 道いっぱいに 咲き誇るかな」
 
  鬼無までの降りは急坂だった。予讃線を横切り、香東川の潜水橋を渡り
  路地から路地の小道を通って一宮町の標識を発見。三時間以上の長い道
  だった。
  途中、軽やかな足取りの女性の遍路さんに追い抜かれる。鈴の音が近づ
  いて来たなと思ったら、スッと抜いて行った。
  この時の何とも複雑な気持ちが思い出される。

     「杖を突く 腕に力が入っても 前行く人の 背中遠のく」


八十四番札所南面山屋島寺=高松市屋島東町
      十一面千手観世音菩薩(おん ばざら たらま きりく)

  一宮寺からは琴平電鉄に乗り、高松市街地を見る。栗林公園にも寄って
  みたかったが屋島寺に向かうことになり、またまた急ぎ旅になった。
  別に急いでいるわけではないが、次に気持ちが馳せている。
  
  潟元から急坂を一時間以上の登り。
  源平合戦の舞台ともなった屋島だが奈良時代に唐から渡った鑑真和尚が
  風待ちで立ち寄ったのが屋島寺の始まりだと言う。
  坂の途中には「食わずの梨」とか「加持水」とか「狸像」とか弘法大師
  の言い伝えがたくさんあった。
  土地の人が何人もウオーキングらしく軽く追い越していく。
  
  お参りをすまし潟元に戻るともう暗くなっていた。
  高松まで戻り宿を探す。
  栗林公園に行きたかったのでその近くの宿に問い合わせたが無かった。
  タクシーの人に訊ねてもいい返事が返ってこない。
  やっぱり屋島の方に戻ることにして探してみると八栗寺の登り口に遍路
  宿があった。高柳旅館と言う有名な遍路宿だった。
  もう八時も過ぎていたので、弁当を買って電車に乗った。
  八栗寺駅に迎えの車が来てくれホッとした。
  
  

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