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国を想う気持ち

みなさんは日本という国をどう思いますか。何を感じますか。

先日観戦したIndy500でもそうですし、大リーグでもそうですが、アメリカのスポーツでは、試合の前にはアメリカ国歌や「God Bless America」といった歌が斉唱されることが一般的だと思います。
観客は全員起立し、多くの人は胸に手をあて、そういう歌を歌います。何も強制されているわけでもありません。みな、自発的にそうしているのだと感じます。

私は、日本人も君が代を歌えとか、斉唱しなければならないとか、そういうことが言いたいのではありません。
思想信条の自由もあるでしょう。

また、アメリカにはどこでも、星条旗(国旗)が結構飾られています。私の近くのスーパーでも、なぜか毎日でかでかと星条旗が掲げられています。
昨年見に行った大学のアメフトの試合では、開始前のセレモニーとして、パラシュートで星条旗を持った人が上空から降り立つ、というものがありました。
アメリカ人は、星条旗に対して、特別の念をいただいていると思います。

国歌と同様、私は、何も日の丸を崇拝すべきであるとか、掲げろとか、そういうことが言いたいのではありません。

私が感じたことは、なぜアメリカ人(のみならず多くの他国の方はそうかもしれません。)は自らの国に誇りを持っているようにみえる一方、日本人は、一見、そうはみえないのか、ということです。
最初の質問に戻ります。
みなさん、日本という、自分の国をどう思いますか。何を感じますか。

多くの人から、「私は国なんて信じていないから。」「私は国はあまり好きではありません。」「国に誇りは持てない。」、そういった反応が返ってきそうだなと、少なくとも私は感じます。
こういった時の「国」とは、何を指しているのでしょうか。

国=政府、となっていませんか?

アメリカ人は、連邦政府や州政府などのことは信用していなくても(ハーバード大学の有名な教授は「なぜ政府は信用されないのか」という本を書いているくらいです。)、自らの国に誇りを持っているようにみえますし、アメリカという国が大好きなようにみえます。
それは、個人的な推測ですが、
国=政府 
ではなく
国=自分たちが作り上げているもの
という認識があるからだと思います。
そう、民主主義。

民主主義とは、主権在民、国民1人1人が国を作り上げている、そういうことだと思います。
アメリカは、そうした意識がしっかりとしているのではないか。
国に誇りをもてないのは、自分自身に誇りを持てないということ。国を信じられないのは、自分を信じられないということ。

良く「お上意識」という言葉が使われます。役所にいる人々の意識を指して。それはそれで、改めるべき点は多いと思います、自己反省も含めて。
でも、もう1つ、国民からみた政府、という観点からもこの言葉は使えるように思います。信用していない一方、何かあると「政府が解決すべき」「政府は何もしない」、そういう言葉も多く聞きます。
そういったあり方は、受身、と言えるかもしれません(無論、政府自身がすべきことだってあります。)。

先日の「役所は変わる〜」という記事にも関連しますが、問題となってくるのは当事者意識だと思います。
国=自分達、地域=自分達
そう思うと、もし日本という国がよくないなと感じるならば、我々自身がそれを変えなければならないし、我々自身のみがそれをできる立場にあるのではないでしょうか。
国や地域は、政府が作っているものではない、我々自身が形作っているもの。
そうであれば、誇りを持てないなんていう状況は恥ずかしいかもしれないし、誇りを持てるよう自らが努力をするのではないでしょうか。

私は、公務員としてだけではなく一市民としても、日本という国に誇りを感じていたいと思いますし、そのための努力をずっとし続けていきたいと思っています。
繰り返しになりますが念のため、私は、国歌を斉唱したり国旗を掲げたりしろ、と思っているわけでも、全ての人が愛国心を持て、と思っているわけでもありません。そういうものは、強制されるべきものではないと感じます。
言いたかったことは、民主主義という考え方が行政にとっても国民自身にとっても重要であり、また、民主主義が成熟してくると「国を想う気持ち」というのは自然と生まれてくるのではないか、そういうことです。

閉じる コメント(7)

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私もインディアナに住んでいて、毎日星条旗を見ながら、同じようなことを思っています。 先日、博物館へ行ってみると、アメリカの歴史といったら、せいぜい数百年しかなくて、それより前ってなると地球誕生・・みたいなスケールになっました。 日本人て疑いもなく日本人だけど、アメリカ人ってどうなんでしょう?常にアメリカが好き、自分はアメリカ人って確認していないとアメリカ人としては存続していけないのでは?と思ってしまいました。

2005/6/4(土) 午前 6:33 [ shy**yuk* ] 返信する

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(つづき)日本にいるときは私も、日本のこと好きとか、誇りに思うとか思ってなくて、日本なんて(?)どうなってしまってもいい、なんて感じていましたが、離れてみると、私はどうしようもなく日本人で、日本を大事にしたいという気持ちになりますね。特に博物館で原爆を運んだ船・・なんて展示を見てしまうとどうしようもなくこみ上げてくるものがありますね。帰国したら、少しはよい国になるよう、努力したいものです。

2005/6/4(土) 午前 6:33 [ shy**yuk* ] 返信する

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日本という国をどう思うかという前に、まずは自分が日常の生活をしている地域社会に対する思いとか関わり方が出発点だと考えます。勤め人にとって地域社会とのつながりはほぼゼロなのではないでしょうか。役所や会社だけが勤め人(特に男性正規社員)にとって社会になりきっています。日の丸よりも社章というわけでしょう。地域社会が空洞化しているのをどう改めるのかが「自治分権改革」だと思うのですが、市町村合併に矮小化されているというのが私の印象です。

2005/6/5(日) 午前 11:29 ckq*s03* 返信する

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>しらゆきさん アメリカは歴史が浅いのもありますが、祖国を捨てて(見限って)きた者の集まりという側面もあると思います。それが強い団結力を形作っている一方で、常に自分はアメリカ人であるという確認の作業が必要なのかも、と感じました。。

2005/6/7(火) 午前 11:04 ysk**006 返信する

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>伏流水さん まさにおっしゃるとおりだと思います。ちなみにアメリカ人は地域社会に対する思いも強いような気がします、ボランティア活動などの取り組みとか。 まだ不勉強ですが、私のテーマとする行政経営、ここから発展して、「地域経営」という考えが、最近発展しつつあるようです。地域に隠された独自の資源、テーマをいかに掘り出し、それを地域社会の発展にいかにして結びつけるのか、行政と住民と議会と手を取り合ってそれをいかに経営していくのか。

2005/6/7(火) 午前 11:08 ysk**006 返信する

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留学生と話すと一応に愛国心の強さに驚きます。外から自国を眺めることが、アイデンティティの確立と愛国心を育む要素となるように思います。 地理的条件等も影響し、メディア等も外の視点で自国を眺める機会が乏しいと感じます。日本への愛情を育み帰国する留学生の話しを聞く機会を増やすことは、とてもよいことのように思います。

2005/6/12(日) 午前 9:18 鈴木藍子 返信する

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>鈴木さん 私自身も、外から日本を眺める機会がもてて、本当に良かったなと、感じています。来る前よりももっともっと日本の良いところ良くないところ、見える感じがしますし、全部ひっくるめて、来る前よりも自分の国が好きになっていると思います。

2005/6/12(日) 午前 10:13 ysk**006 返信する

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