おもうこと かんじること

ワークライフバランス、リーダーシップと組織変革がテーマ。

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久しぶりのパパ抱っこ

今日は、今週初めて、娘が寝る前にすべりこみで帰宅。
会社から駅までと、駅から家まで、猛ダッシュ。何とか、寝る前に間に合った。

そして、念願のパパ抱っこ寝かしつけ。
本当に、寝かしつけている瞬間は、幸せをかみしめる。娘が徐々に目を閉じ、すやすやと寝息をたてているのをみると、心が安らぐ。

今週は、仕事の上では、他律的な要因で帰宅が遅くなることが多かった。
自らの力が及ぶ範囲で、時間管理をきっちりやったとしても、どうしても他律的な要因が出てくることがある。

それはそれで割り切って、でも、自らの時間管理はしっかりしておかないと、気がつくと、「どうせ○○で遅くなるから」という言い訳で、自己管理できる時間までダラダラ過ごすことになってしまうだろう。
実際、会社には、そういうふうに見受けられる人も見かける。

毎日毎日、定時には帰るつもりで、仕事の生産性をあげよう。
そして平日の夜、娘と少しでも過ごせる時間ができたなら、生産性なんて言葉は忘れて、ゆったりと流れる時間を楽しもう。

成長する娘

先週1週間のうち、2日、寝かしつけ位の時間帯に帰ってくることができた。
「ぱぁぱ」と喜びながら玄関先に出てきてくれる娘の笑顔をみると、ますます、毎日早く帰りたいと思う。

娘は、保育園に通うようになって、また、成長のスピードが速まったように思う。

今日は、妻が所用で娘と二人きり。久しぶりに二人でお散歩などした。
ちょっと前までは、見知らぬ人とすれ違うと、僕の足元に顔をうずめ隠れるようなしぐさを見せていた娘。そんな娘は、今は、すれ違う人もあまり気にせず、堂々と、行きたい方向に進んでいく。

保育園のお散歩でも、まだ小さいので目的地まではカートのようなものに乗せられるのだが、歩きたくてカートから出ようとするよう。

食事の時も、手を使ったりフォークを使ったりしながら、自分一人で食べることがとても上手になったし、お腹がいっぱいになると、自分から手を合わせ、お腹を「ポンポン」とたたく。

それに、自我もますます確立してきた。
昨晩は、せっかくの週末だからと、大好きな寝かしつけをしようとしたら、娘が「ママ、ママ」と、妻に抱っこをせがむ。
久しぶりのパパ抱っこ、毎日の「ママ添い寝」に、完敗。
でも、そうやって自らの意思を明確に示しだしたところに、成長を感じる。

日増しに活発になっていく娘。
そんな娘の成長を、1分1秒でも長く見ていたいから、明日からも、すべき仕事はさっさとこなして、ちょっとでも早く、家に帰ろう。

復職後最初の週末

11月から復職し、最初の週末を迎えた。

職場は、育休取得前と違う部署に戻ることに急遽なったことを除けば、何事もなかったかのように毎日の仕事が進んでいき、僕も、当たり前のように職場に存在するという感じ。
育休取得後の、心の中での環境激変感に比べれば、何か、極論すれば、何の変哲のない毎日に戻ったかのよう。

一方、家のほうは、僕にとっても妻にとっても、そして娘にとっても、はじめての生活。
送りは僕、迎えは妻、家事は二人で朝と夜で分担し、そして、娘は保育園で先生とお友達と過ごす、という、生活。

娘は、妻が迎えに行く夜まで、長時間、保育園にいることも徐々に慣れつつあるようだけれど、やっぱり、日中、ちょっと寂しくなってぐずったり、妻が迎えにいった瞬間にこらえていたものがこらえきれなくなって泣いてしまっているよう。

妻に言わせると、週の前半は、夕食や寝かしつけの時、娘が「ぱぁぱ、ぱぁぱ」と言っていたそう。
それを聞くだけで、胸がしめつけられるような、とっても愛おしいような、申し訳ないような、そんな感じ。

もう少し職場や仕事に慣れてきたら、娘を寝かしつけるくらいの時間に帰れるかもしれない。
それを目標に、日中の仕事もフル回転で頑張りたい。
娘の笑顔と寝顔を、日々の仕事の糧にしながら。

そして、僕や妻もそうだが、娘も、この新たな生活に徐々に慣れていくことを心から願う。

そして、育休最後の日

今日で、3ヶ月間の育児休業が終わる。
長いようで、本当にあっという間の3ヶ月だった。

僕のこれまでの人生でも、最もかけがえのない時だった。

ヨチヨチ歩きを始めたばかりだったのが、公園を嬉しそうにお散歩するようになるまで。
絵本はおもちゃの一つだったのが、僕のほうに「ぱぁぱ」と言いながら持ってきて、僕の膝の上に自ら進んで座って、絵本をじっくり聞くようになるまで。
歌や音楽を聴いてニコニコするだけだったのが、リズムを取って踊るような素振りをみせるようになるまで。
妻が出かけるのをただ抱っこされて見送っていたのが、バイバイと手を振ったり妻にチュをするようになるまで。
積まれたものを壊すことしかできなかったコップがさねが、ちょっと支えてあげれば自分で全部積めるようになるまで。
僕に指を差されても何かわからなかった船が、運河を走っているのをみかけると、自ら手を振るようになるまで。

その一瞬一瞬に、立ち会うことができた。
娘の成長を肌で実感し、娘とともに喜びを共有することができた。
そうした娘の成長が、僕自身の親としての成長をも促してくれた。

本当に、本当に、素晴らしい時間を過ごした。
こんなに充実した、素敵な時間は、他にないのではないかとすら思う。

そして、充実感とともに、育児休業が終わってしまうことが、寂しくて寂しくて仕方がない。

もう毎日娘と一緒にいることができないなんて、信じられない。
娘と一緒に、お日さまの下でのんびりお散歩して、お昼寝させて、お買い物に行って、妻の帰りを待って…、当たり前のようにやってきたことが、もうできなくなるなんて、信じられない。

でも、娘と離れ離れになるわけじゃない。
土日はいつだって、妻と娘と三人で、お散歩にも行けるし絵本も読める。公園でのんびりできるし、一緒にゆっくりご飯だって食べれる。
そうした中で、妻と二人で、娘の見えないところでの成長を、ちゃんと実感することができる。

当たり前だけど、子育てがこれで終わるわけじゃない。
人生において最もエキサイティングで、感動にあふれていて、やりがいがある、「子育て」という妻と娘との共同プロジェクトは、とても嬉しいことに、まだまだ続く。

娘の生誕と妻の産・育休が第一幕、僕の育休が第二幕なら、妻と娘の三人で力を合わせて仕事と子育ての両立をしていく第三幕が、これから始まる。

これからも、娘の成長を、全身全霊をかけて、サポートしていきたい。
自分が命を賭してでも守っていきたいと思えるものが何かを教えてくれた娘と妻のことを、これからも、懸命に支えていきたい。

昨日は、慣らし保育を半日にし、娘とゆっくり時間を過ごせるようにした。
今日と明日は、フルで夜まで保育。つまり、昨日が、娘とゆっくり過ごす、最後の日。

昼食は、娘の大好きな焼きそばを作った。
僕の育休中に、二人で食べる、最後のお昼。

娘は、とても上手に食べることができるようになった。
そして、僕自身も、娘の食事を、それなりに作ることができるようになった。

おいしそうに食べる娘の姿を見ながら、育休取得直後のことを思い出した。

まだ娘は1歳になったばかりで、ようやく徐々に幼児食が食べれるようになった頃。
僕は、父親1年生で、ろくに自炊もしたことない中で、幼児食作りに追われてた頃。

精神的に余裕があまりなかった僕は、上手く食べれずイライラしてしまっている娘をみて、声を少し荒げてしまったことすらあった。
娘は、頑張って食べようとして努力して、上手くいかなくてもどかしいのに、そんな娘に対してイラついてしまう、未熟な自分。

あれから3カ月、娘は、本当に上手に食べれるようになった。
そして、僕自身も、少しは父親として成長したと、言えるかな。

午後、ゆっくりとお散歩にいった。
ベビーカーだと娘の顔が見えないから、もう体が大きくなった娘には窮屈だけど、抱っこひもを使った。

娘の顔を見て、抱きしめていると、こうやって娘と二人でゆっくり過ごす時間が、徐々に終わりに近づいていることを感じ、涙が出てきた。

芝生で二人で夕日を眺めた。ほんのり赤く彩った娘の顔は、とても素敵だった。
娘の歩きたいところを、二人で歩いた。
そして、日が沈みかけてきたので、抱っこして、帰った。育休取ったばかりのころは夏真っ盛りで、遅くまで日が高かったのに、時間の流れが、本当に早く感じる。

夜、妻の帰りを駅まで迎えに行った。
育休取得当初の夢。それは、娘と手をつないで、駅で、妻の帰りを待つこと。

育休を取ったばかりのころは、2,3歩しか歩くことができなかった娘。そんな娘も、今は、小一時間、嬉しそうにお散歩ができるまでに成長した。

駅まで全て歩くというわけにはいかないけど、ちゃんと駅のところで、妻の帰りを迎えることができた。
「ママ来たよ」と言うと、「ママ」といいながら、暗がりで良く見えないから少しぐずり、その声で、妻が気がついてくれた。

昨日一日、娘とゆっくり過ごせて本当によかった。
僕の育休も残り2日。娘も、保育園という新しい生活に慣れつつあるから、僕もそろそろ、復職に頭を切り替えなきゃと思う。
残りわずかだけど、思う存分、娘との時間を、楽しもうと思う。


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