おもうこと かんじること

ワークライフバランス、リーダーシップと組織変革がテーマ。

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

これまでの記事の中で、なんども「民主主義」について触れてきました。
最近は特に回数が多かったと思います。これまで1年学んできて、アメリカで暮らしてきてみて、改めて、民主主義というものの重要性を認識するようになったといっても過言ではありません。

今はちょうど選挙の時期。
アメリカからもインターネットのニュースなどを通じて、色々な模様を知ることができます。
私が一番悔やんでいるのは、在外選挙人登録というものを忘れてしまったため、今回は投票ができないことです。

随分前の記事になりますが、私は以前、こう書きました。
「(中略)、問題となってくるのは当事者意識だと思います。
国=自分達、地域=自分達
そう思うと、もし日本という国がよくないなと感じるならば、我々自身がそれを変えなければならないし、我々自身のみがそれをできる立場にあるのではないでしょうか。
国や地域は、政府が作っているものではない、我々自身が形作っているもの。」

我々一人一人が声を上げること、行動すること、それらを通じてのみ、国のかたちを変えることができると私は信じています。

そうしたなか、YES! PROJECTという取り組みがあることを知りました。
このプロジェクトは、若手の起業家の方々が中心となっていて、「この世代が立ち上がれば、必ず日本は変わる。いや、変わるまで、僕らは行動し続けなければならないのである。この日本の将来を背負っていくのは、われわれだという自覚を胸に。」(同プロジェクトHPより引用。)という考えの下、
選挙に行こう
改革を進めよう
もっと発言しよう
という3つを訴えています。
イメージ 1

私は若手起業家ではありませんが、同様の気持ちを持っていますし、このようなプロジェクトが動いていることに感銘を受け、この記事を書きました。

開く コメント(2)

いよいよ新学期!

いよいよ、8月29日より、我がインディアナ大学行政環境大学院(SPEA)の新学期が始まります。
私は、MPA(Master of Public Affairs)という行政学(公共政策学)修士プログラムの2年生になります。
新しく日本から1年生として入られる方も2名おり(私の同期は6名)、先日顔合わせなどさせていただいたところです。

教科書も揃え、授業で使うウェブのチェックなどしていますと、長い夏休みが終わりつつあることが実感され、また教科書や授業と格闘の日々が始まるなぁと、ちょっと感慨深くなってしまいます。
いい歳して、ワクワクと心配とが交錯のような、夏休み明けの小中学生のような気分でもあります。

夏休みはのんびり過ごしていたため、おかげさまで、復習などしてブログに書くネタができましたが、これからはあまりそうした読書に時間も取れないかもしれません(なにせ、授業についていくのでいっぱいいっぱいだったりするので…)。
更なる読書はできないにしても、書き溜めたメモもありますし、暇を見ては何か記事を書いていこうと思っていますので、ご覧になってくださっている方がいらっしゃいましたら、末永い付き合いをどうかよろしくお願いします。

開く コメント(2)

前回の記事では、民主主義における主権者としての国民の「ために」働く、それが行政の魂であり精神であるという話でした。
民主主義を促進させるための行政。今回は、それと関連する記事です。

みなさんは、行政機関、国の官庁とか住んでいる市町村の役所・役場に、どういったことを期待するでしょうか。
いわゆるお役人仕事、お決まりの対応とか、批判の的になっていると思います。

これまで、ウェーバーの官僚制についてしばしば言及をしてきました。行政は、政治の場が決めたことを従属的に実行するだけの、機械的で道具のようなシステムだ、大まかに言えばそういう考えです。
ウェーバーは、行政機関の職員に非人間性を求めました。それは、裁量的な特定の集団への肩入れなどは公平性の観点から避けるべきものであるというのが1つの理由だと思います。
皆さんも、極端に言えば、えこひいきするような行政機関なんて求めていないと思います。
現在の日本の行政機関も、多かれ少なかれ、こうした非人間性というものを求めているような感じがしています。

しかし、Gawthropは言います(以下、Gawthropという研究者がGaus Awardを受賞した際に行った講演より。)。
文明国家である以上、全ての社会・共同体・組織・個人は、ある価値やビジョンによって導かれなければならない。
行政機関もその例外ではなく、(ウェーバーが言ったような)価値自由という状態はあり得ない。

ウェーバー的な行政を、Gawthropは、dull government、怠惰な政府、と呼んでいます。
そこでは、法・秩序の維持に対する徹底的な固執があり、公平無私を追求するあまり、惰性・無力という道徳規範(Morality of Inertia)ができあがってしまっています。
ルールで決められているからやる、今までこうしていたからやる(前例主義)などの惰性、そういったことを指しているのだと思います。
日本の行政機関は、皆さんからみてどのようにみえますか?

これでは、いけない、彼はそのように主張しています。

現在は、thinking government、考える政府が、求められているのだ、と。
「すべきことをするだけでなく、何をなすべきかを考える人々によって、政府は運営されなければならない」。

言うとおりだと、私は感じます。
行政に寄せられている多くの批判、また、行政に対する不信感というのは、dull governmentのような考え方が大元なのではないかと、私は思います。
我々は、thinking governmentにならなければいけない。一市民として、thinking governmentを求めなければいけない。

では、thinking government としての行政の役割とは何か。それは次回に。

Gawthrop, Louis C.. 1998. The Human Side of Public Administration. 1998 Gaus Award Lecture. http://www.apsanet.org/imgtest/1998HumanSide-Gawthrop.pdf

開く コメント(0)

全1ページ

[1]


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事