おもうこと かんじること

ワークライフバランス、リーダーシップと組織変革がテーマ。

行政と経営

[ リスト | 詳細 ]

いかに行政としての責務を果たしていくか。お役所仕事に辟易していませんか? どうにかしてもっと政府はまともになってほしいと思いませんか?
経営という観点に1つのヒントが隠されていると思います。
ここでは本などを読んで感じたこと、大学院で学んだことなどを書いていきたいと思っています。
記事検索
検索

全27ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 前のページ | 次のページ ]

アメリカのGPRA(The Government Performance and Results Act of 1993)という法律をご存知の方もいらっしゃるかもしれません。
この法律は、端的に言えば、戦略計画と業績計画、その中で達成すべき目標やその達成度合い(業績)を測定するための方法を定めることを、国の全ての官庁に求めたものです。

このGPRAは、アメリカのここのところ数十年の根強いトレンドを反映したものと言われています。そのトレンドとは、目標と業績をしっかりと定めるということ、また、それらを予算とリンクさせようとすること、の2つです。
日本でも、ここ最近、こうした取り組みが進みつつあると言えるでしょう。

目標を定める、達成度合いを検証する、検証して修正すべき点は修正して、目標の達成を目指す。
私はこうした流れを支持しますし、おそらく多くの方はそうなのではないかと思います。
ここでの前提は、「目標を定め、その達成度合いを測ることで、行政組織は上手く機能することが出来る」、というものです。

ただ、こうした考え方に疑問を投げかけることもできます。
とある研究者は、こうした考え方は、複雑で多元的な外部環境に取り巻かれた行政機関では、しばしば上手くいかないのではないかと主張をしています。その理由は、以前の記事でも似たようなことを書きましたが、1つは、多様な関係者がいるために必ずしも目標や業績測定の基準について合意が得られるとは限らないこと、加えて、中にはそうした合理的で目標志向の意思決定方法に疑念を抱く人もいること、があげられます。

この、多くの関係者の存在による目標の曖昧さやしばしば複数の目標が衝突し合うすることについて、趣深い主張もなされています。
それは、Lynn という研究者の inevitable bureaucracy(避けられない官僚化)です。

目標がしばしば曖昧である、複数の目標が衝突し合い優先順位付けも難しい、また、明確で測定可能な業績測定基準を作ることも難しい、そういう状況の中、一方で、立法府やメディア、国民からの、説明責任を果たせというプレッシャーがある。
そこで立法府などはしばしばルールや手続きによって説明責任を果たさせようとしがちになる。加えて、行政府の中でも、目標によって統率することが難しいため、ルールや手続きによってその責任を果たそうとしがちになる。
その結果として、いわゆる官僚主義(「お役所仕事」など。)となることが避けられない、それが inevitable bureaucracyです。
これ、なかなか含蓄あるなと感じています。

私は、使命や目標を明確に述べること、それを国民に分かりやすく伝えること、達成度合いを測るための何がしかの基準を作ること、といったことは、繰り返しになりますが、強く支持をしています。
それは、これまでの行政が自らの達成すべき「成果」が本当に達成されているのかどうかについて無頓着なきらいがあるのではという、強い疑念があるからです。
達成すべき成果は、達成するために努力しなければなりませんし、進捗状況を見極める努力も必要です。
また、使命や目標は、明確に述べることそれ自体が、役所で働く人々にとってモチベーションを与えるものにもなり得ます。

目標設定が難しいのも、また事実です。誰しもが納得いくような業績測定基準を作ることも難しいでしょう。
おそらく、過度にこうした合理的な考え方に頼ってはいけないのだと思います。
業績測定の基準作りとそれの検証は、使命を達成するための方策の1つだと、そういったある意味割り切りのようなものが必要なのかなと。やらないよりはやったほうがマシだと、そう思いますし、逆に言えばその程度とも言えるかもしれません。
ただ、「その程度」のことが役所を大きく変え得ると、私は信じています。


Rainey, Hal G. 2003. Understanding & Managing Public Organizations, third edition. San Francisco, CA: Jossey-Bass.

開く トラックバック(1)

予算にますます制約がかかる。人員削減により効率化を目指さなければいけない。仕事の締めは厳しくなる。顧客たる国民からの要求が強くなる。だから、革新的でいなければならない。
行政機関のマネージャーは、こうしたストレスを受けています。

日本も、こうした状況に直面をしているのではないでしょうか。大まかに言えば、どこの国の行政機関ももこうした状況下に置かれているのではと思います。

PA Times という米国行政学会の機関紙の中で面白い記事がありましたので、そのご紹介です。

Springer という研究者は、様々な国の行政機関のマネージャーにインタビューをするなどして、こうした状況下の中での有能なマネージャー、成果を残しているマネージャーの7つの共通項のようなものを探りました。
それが下記です。

1.成果に焦点を当てる
顧客や地域社会にどのように影響を与えるか、従業員にどのように影響を与えるか、戦略に沿ったものか、より良い成果を生み出すためのより良い行動があり得るかなどなど、マネージャーは自らとその組織の行動について、成果に焦点を当てなければならないとされています。

2.難しい決定こそ下す
抵抗の少なそうな道を行くのではなく、情報を徹底的に集め、決定を下しそれをしっかりと回りに伝え、前に進んでいく、そういった流れの中で難しい決定をしっかりと下していくことが必要だということです。

3.協働を促す
協働を促すということは、チームワーク、優先順位について考えること、情報を共有することなどが求められることになります。これらを通じて協働することで、従業員は新たなエネルギーを体感できたり、イノベーションを実感することになるそうです。

4.明確なコミュニケーション
軽視されがちですが、コミュニケーションは本当に重要だと思います。コミュニケーションされるべきものが何で、いつ、どのように、なぜされるべきなのか、マネージャーはしっかりと中止しなければならないと思います。
また、Active Listening という言葉あります。積極的な聞き役とでも言いましょうか。「要求を押し付けることではなくそれを引っ張り出すことで、人からより多くのものを得ることが出来る」。部下の声に意見を真摯に傾ける、そこから見えてくるものの方が多いのではないでしょうか。

5.柔軟である
組織内外の変化に対して迅速に方向性を変えるようにいなければならないということです。昨今、外部環境の変化が激しいため、多くの組織に関してこれは当てはまると思います。

6.職員(部下)が価値ある存在であることを示す
良い上司だなと感じる人は、部下の行う仕事がいかに組織の使命や目標に繋がっているのか、意義のある仕事なのか、それをしっかりと部下に伝えることができる人だと、私は思います。部下は、そうした上司の下で、成長する機会が与えられますし、それがやりがいにも繋がるのだと思います。

7.チームとしての仕事以外の時間を持つ
チームで仕事を忘れて2時間ランチをする、野球をするなどの例が挙げられていますが、一体感の醸成、それらを通じて仕事生活を質的に良くしていこう、そういうこと思います。

Springer, C. G. 2005. “Making Difficult Decisions Count”. PA Times, Nov 2005, p8.
前々回の記事の中で、Burns and Stalker は、mechanistic organization / organic organization を紹介しました。
今回は、それに似た話です。

組織は、社会において何かをなすために存在している以上、その使命・目標・構造・仕事上の手続きなどなどは、外部環境と無縁ではいられません。
外部環境に適応できない組織は、上手く機能するわけはなく、民間企業であれば倒産します。行政機関には倒産がないというのが良く言われる話で、確かに倒産という概念は当てはまらないかもしれませんが、それでも国民からの信頼の失墜、挙句の果ては税金不払い運動だって可能なわけで、行政機関だって時代に応えて変化をしていかなければならないのは当然だと思います。

だから、組織において戦略計画などが作られる際には、外部環境評価(environmental scan)を通して自らが直面する状況を分析するのが普通です。
そこで考慮される環境要因とは、科学技術的環境、法的環境(規制など含む。)、政治的環境、経済的環境、人口学的環境(男女、各世代などの人口構成など)、自然的環境(自然資源、天候、地理的状況など)、文化的環境(人々の価値観などを含む。)。

良く行政機関が出す白書だったり計画ものは、前段に上記のようなことをまとめて書いていることが多いと思いますが、それはまさに自らの置かれている環境を分析しようとしていると言えます(おそらく問題なのは、それが政策に直結しているのかどうかが分かりづらい場合もあることかもしれません。)。

Burns and Stalker を支持するような研究として、Lawrence and Lorsch という人たちは、複雑な外部環境が将来の不確実性を増しているような場合、成功している組織は、内部の組織内組織(サブユニット)がより複雑になっており(differentiated)、それぞれのサブユニットがそれぞれの目標を持ち、それぞれの仕事の時間的枠組みがあり、それぞれ独自の構造をしていると、論じました。これらは、潜在的に衝突や対立を生みかねないものですが、成功している組織は、連絡役や調整チームなどを設けることでそれらを上手く統合している(integration)とのこと。

要するに、心に留めておくべきことは、
1.単純で、画一的で、安定的な環境の下では、組織はmechanistic(明確な階層、命令系統に拠る指示とコミュニケーション、専門分化、しっかりと定義付けられた各人の仕事。)で中央集権的であるほうが良く、
2.複雑で、不安定な環境の下では、成功のためには、organic(階層をあまり強調しない、互恵的な(一方通行でない)コミュニケーションとネットワーク、緩やかに定義付けられた仕事、柔軟性。) で分権的、多くの独立した部署が上手く統合され協力をしているような、そういう組織を目指さなければならない、
という2点だと思います。

個人的な見解ですが、日本の役所はとってもmechanistic だと思います。
今の世の中、欧米へのキャッチアップを終え、人々の価値観も多様化し、環境は複雑で、不安定で、先行きが見えにくいことは、多くの人が理解しているのだと思います。そして、そうした時は、見てきたように、organic な組織が合います。
しかし日本の役所はそうなっていない(ところが多い。)。
それは、いまだに”one best way”、ウェーバーやAdministrative Management School(つまりアメリカの1930年代)を、役所の中の人々やもしかしたら学者さんの多くが信じているからなのかもしれません。
もちろん、人くくりに役所といっても色々な組織があり、それぞれの組織の応じた対応が必要エスが、全般的に言えば、私は日本の役所はもっとorganicな組織に向かって変わらなければいけないと思います。

もう1つ、私なりに付け加えたいのですが、複雑な環境下で、ただただ分権的、フラットな階層、になれば良いとは思いません。
いかに統合されているかが重要だと思います。そのために必要なことは、調整チームなどの存在もそうですが、やはり経営層の強いリーダーシップと確固たるビジョンを示すことで組織をまとめるということもあげられると思います。
ビジョンを示しその下に統合するというある意味集権的な過程が、organic な組織においても必要だと思っています。


Rainey, Hal G. 2003. Understanding & Managing Public Organizations, third edition. San Francisco, CA: Jossey-Bass.

良いお年を

冬休みに入り、長らくドライブ旅行をしていましたので、更新することができませんでしたが、本日、帰ってまいりました。
2005年も残りわずかとなりました。皆様、良いお年をお過ごしください。
来年も、引き続き、遊びに来ていただければ幸いです。
官、民、そういう言葉が良く使われます。日本は特に、官民の比較とか、絶えずこの2軸で物を捉えるのが好きな気がします。
これについては、お上意識の名残のようなものが役所側にも国民側にも残っているのが理由のような気もして、私はあまり単純な官民比較などは好きではありません。

さて、官と民、その言葉の意味するところは本当のところ何なのでしょうか。

これまでも何度かお話をしてきましたが、組織論の中には、generic tradition という考え方があります。すなわち、全ての組織−官民問わず−に共通するような「何か」があり、官・民という過度の単純化は避けなければならない、そういう考え方です。

有名なウェーバーの官僚制、これは「官僚」だけに当てはまるものでしょうか?
いわゆる大企業病と言われるものにも近いような感じを受けないでしょうか?

色々な考え方はあると思いますが、私は、官民という単純な二分法は避けた方が良いと思うし、その方が前向きな議論が出来るのではないかと思っています。
それは、やっぱり単なる二分法は過度に物事を単純化し過ぎるのではないかと思うからです。そうすると、誤解が生じやすくなる。真実が見えなくなる。

Raineyがあげている、官や民という部門間の違いが曖昧になっている(すなわち、過度の単純化はいけないとする)理由、

1.公営企業、NPOといった存在。
NTTやJTなどは民間会社とされていますが、株式の多くは政府が保有しています。これらは、「官」でしょうか「民」でしょうか。独立行政法人、財団法人などは「官」でしょうか」、「民」でしょうか。
NPOは日本でもすごく増えてきました。その多くは、地域などの公益のために活動をしており、得た利益を配当という形で分配をしません。利益を得てそれを株主に配分するのが民間企業、「民」だとすれば、NPOは「官」でしょうか。
そういう言い方をするとNPOの方々はきっと良い気持ちをいただかないのではないでしょうか。
最近は、官でも民でもなくて共なんていう言葉もありますね。これは4点目とも関連すると思います。

2.マネージャーの役割は同じ
組織である以上、それが政府であろうが民間企業であろうが、部課長など管理職が負う役割は同じです。職員を統率し、モチベーションを与え、組織の使命・目標を完遂する。その意味において、「官」「民」という違いが、何か役に立つでしょうか?

3.補助・委託といった複雑な関係
最近、民間委託などが話題になったりします。例えば、ゴミの収集を民間会社に委託した場合、その民間会社は「民」でしょうか「官」でしょうか。会社自体は民間会社でも、やっている仕事はそもそも「官」と呼ばれている政府がしていた仕事です。

4.民間企業も公益の増進に寄与している
ある意味当たり前のことを言っているようで恐縮です。「民」が利益を目指すもの、「官」は公益を目指すもの、そういった(単純な)二分法がしばしば取られるかもしれません。しかしながら、私が言うに及ばず、民間企業も様々な形で公益に寄与をしています。そういう二分法は意味をなしているのでしょうか。

私が強調したいのは、多くの方々がそうするかもしれない官民という二分法、これは過度に単純化されているかもしれませんし、事の本質を隠している可能性もあるということです。
そんな二分法を離れ、政府の経営のあり方も民間企業のあり方も、一度相対化して考えてみると、また違って考えが浮かんでくるかもしれません。

では、そもそも政府とは何のか。公共財とかそういった小難しめの話はおいておいて、1つご紹介。
とあるアメリカの研究者は、(1)お金がどこから出ているか(税金などか、自らの売り上げか)、(2)所有しているのは誰か、という2つの観点から、4つのカテゴリーを考えています。

公共から金が出て、公共が所有:いわゆる役所などはそうですね。税金で大半の活動がまかなわれており、所有者は国(政府)そのものです。
公共から金が出て、民間が所有:政府の特定の業務を完全に請け負っている社(先ほどの例ではごみ収集を委託された社)は、このカテゴリーに入ります。
民間から金が出て、公共が所有:公営の病院や美術館などはこのカテゴリーだと思います。基本的には入場料など自前で稼いだお金で経営されているが、所有者は政府である。
民間から金が出て、民間が所有:いわゆる企業ですね。

この考え方は、そんなにきれいに4つに区分できないという批判もあり、これらの中を連続して色々な形態が存在するという考え方が一番合理的な気がします。

Rainey, Hal G. 2003. Understanding & Managing Public Organizations, third edition. San Francisco, CA: Jossey-Bass.

全27ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 前のページ | 次のページ ]


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事