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「英国はなぜ眠ったか」という本がある。第35代アメリカ合衆国大統領ジョン・F・ケネディーのハーバード大学卒業論文である。私は読んだことはないが、イギリスのチェンバレン首相の対ドイツ宥和政策がヒトラーの軍事台頭を許したとするもので、「ケネディーその栄光と悲劇」と言うサイトから引用させていただくと『JFK論文は、イギリス政治の支配者であったチェンバレンやボールドウインを批判するよりも、ヒトラーの脅威に対抗できなかったイギリスのデモクラシー制度そのものにこそ責任がある。デモクラシー国家では、平和時に軍備のために税金を支払うものは少ない。それに乗じたヒトラーは密かに偽装軍備を進めてきた、と説いている。』
後年、世界が核戦争の瀬戸際までいったといわれる「キューバ危機」において、ケネディーは悩みぬいた末、海上封鎖を断固決行してフルシチョフを屈服させた。これによりホワイトハウス、クレムリン間にホットラインが設置されることとなり、フルシチョフは、若いケネディーに一目置くようになったと言われている。
日本では、支那事変において、政府は事あるごと和平交渉という対支融和策をとり、結局、蒋介石に翻弄されるように泥沼にはまってしまい、和平の意志とは真逆の結果を生んでいる。対米交渉またしかりではないだろうか。もともと戦意を固めている敵を相手の和平交渉などは、相手にとっては単なる時間稼ぎでしかない。
今回の領土をめぐる出来事も、日本政府の融和政策によって、表面的には穏便に済まされたようにみえる。しかし問題は解決されたのではなく、見えないところに埋められたに過ぎず、相手は益々エスカレートするだろう。こんな事を続けていれば、国民の鬱屈不満は地下のマグマのように、いつか突然、地上にそのエネルギーを噴出することになるだろう。
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