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(1) 今回は「高崎」駅から「北陸新幹線」に乗り「佐久平」駅(標高:701m)で「小海
線」に乗り換えてスタート・・・まず期待していた「浅間山」は残念ながら雲の中でし
た
(2) しかし「佐久平」駅からは右端の「蓼科山」(標高:2530m)、そしてその左隣の「横
岳」(標高:2480m)と続く山々、さらにその左側には「硫黄岳」(標高:2760m)、最
後は「横岳」(標高:2820m)等・・・はよく見えました
(3) さて「佐久平」駅に「小諸」発・「小淵沢」行の列車が入線してきました・・・この
列車は鉄道車両としては世界で初めての「デーゼルエンジン」と「蓄電池」で動く車両
(キハE200形・ハイブリット車両)で「小海線」の持つ高原のイメージを生かして
青を基調に黄色帯をまとった配色になっています、また「ハイブリット車両」だけに架
線はなくパンタグラフもありません!
(4) 車内はご覧のように広く展望も開け、また特に今の時期は乗降客も非常に少なくて車
内はガラガラで実に快適でしたよ
(5)「佐久平」駅を出てからしばらくは、こうした田園風景が広がります・・・これは最後
部の車両から撮影したもので、見ているとだんだん「浅間山」が遠ざかってゆきます
(6) 列車はここから少しずつ高度を上げてやがて「羽黒下」駅(標高:740m)へ・・・こ
こまで来ると畑には雪が見えるようになってきました
(7) さらに列車は高度を上げ「松原湖」駅(標高:986 m)へ・・・ここはJRの駅の中で9番
目に標高が高い駅で、駅舎も実にローカルですね
(8) ここまでくると周囲には山並みが・・・そして雪もかなり目立つようになってきま
す
(9) 列車はここからさらにどんどんと高度を上げ「佐久平」駅を出てから約1時間20
分でJRで最も高度の高い「野辺山」駅(標高:1345m)に到着、この間の僅かな停車時
間を利用してホームから撮影してみました・・・車両のHYBRIDのロゴマークが印象
的です
(10) さてここから「小淵沢」駅までは下り勾配になります、列車はほとんど「バッテ
リー」を利用して走るので静か・・・車窓からは山並みが真近に迫ってくるようになり
ますが時折右側には「千曲川」の流れが見えつ隠れつして目を楽しませてくれます
(11) さらに「小淵沢」駅に近づくと今度は左側には時折「富士山」が・・・
(12) そして右側には「八ヶ岳」の山並み(中央のひときわ高い山が「権現岳」標高:2715
m)が眼前にそそり立つようになります・・・もう圧巻!
(13) 「佐久平」駅から約2時間・・・中央線への乗換駅の「小淵沢」駅に到着です、目の
前には「八ヶ岳」の山々が聳えていて目を奪われます
(14) ここからは中央線の「特急あずさ」に乗り換えて「東京」へ・・・・今度は名物の
「元気甲斐」の駅弁を楽しみながら・・・ついでに「特急あずさ」誕生50周年記念の
駅弁も買ってしまいましたよ!
(15) そうこうしている内に左手には「八ヶ岳連峰」(右側の高いピークが主峰の「赤岳」
(標高:2899m )が全て見えるようになります
(16) 列車が「韮崎」駅に到着すると駅からは「韮崎観音」が・・・これを見るのは本当に
久しぶりです!
(17) そしてその背後には「鳳凰三山」・・・中央の「地蔵岳」(標高:2764m)には「オペ
リスク」がはっきりと見えます(矢印)、参考にここを登った時の写真を張り付けて
おきましたが、いつもここからこの「オペリスク」を見るたびに昔登った当時の事が
思い出されま〜す
(18) またさらにその右手には雪を被った「甲斐駒ケ岳」(標高:2967m)・・・この姿は本
当に素晴らしいですね!
(19) 最後は「甲府」付近から見えたお馴染みの「富士山」で〜す
ようやく「群馬」での予定が終了し「東京」へ・・・でもそのまま「東京」へ戻ったのでは全然面白くないので「小海線」を利用してちょっとしたローカルな旅を満喫・・・今回はその様子を紹介してみました。
この「小海線」はJRイチの最高標高を誇る路線、車窓からは「富士山」、「八ヶ岳」、「奥秩父」、「南アルプス」、「浅間山」など日本有数の高峻山岳が望まれてまさに期待通りの展望でした。
それにこうした山々のほとんどは若い頃全て踏破しているだけにいつまで見ていても見飽きることはなかったですよ・・・それにしても今回はとんでもない遠回りの旅でしたぁ。
ところでちょっと余談ですが、私は今毎日元気でこうしてあちこち飛び歩いていますが、これから先の事を思うと、いつまでもこうして呑気に過ごしてはいられないかも・・・!
同世代の知人や友人たちの近況を見るにつけ、私自身の身辺整理等を今からもっとしっかり進めておかないといけないぞ・・・なんていろいろと考えさせられているところです。
とにかく時の過ぎ去るのはあっという間・・・次の世代に迷惑がかからないようにするためにも、これからは日々の過ごし方を私にとってより有意義なものになるように変えてゆかないといけないかもしれません!
そのためには、もう遊びは程々に・・・またブログ等の更新・訪問等も時々お休みするかもしれませんがよろしくお願いします。尚今回もコメント欄の方は閉じさせてもらいました。 |
旅行
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(1) ここは東北の白河市にある小峰城、江戸時代に初代白河藩主:丹羽長重が整備し現代に
つながる城郭が出来上がりました、しかし5年前の東日本大震災で石垣が崩れてその後
修復工事が続いていましたが、どうやら最近この工事も大分進んできて一部が公開され
るようになってきたので、その様子を覗いてきました▽
(2) 震災で崩れた小峰城の石垣の当時の写真・・・▽
(3) 総延長2Kmに及ぶ石垣の内10か所余りで約7000個を超える石垣が崩れました▽
(4) そのため総工費50億円をかけた修復工事が始まりましたが、この工事は今も続いてい
て完成は2019年3月の見込みです▽
(5) こちらはすでに修復された個所の石垣・・・石垣の修復の際は過去の写真や映像等を
もとに本来の場所を特定し積み直してゆきますが、これは本当に時間がかかる大変な作
業ですね▽
(6) 一部の石には、こうした作業の痕跡を示すナンバーが残されていました▽
(7) また特に難しいのは、下部は緩やかで上部にゆくに従って傾斜がきつくなる「武者返
し」と呼ばれる部分・・・これが見事に復元され、それに良く見ると石垣の角の部分は
1トン余りの石が縦・横・縦・・・と交互に積まれていて、これは石垣の強度を保つに
は不可欠な技術、築城当時の石組の技術の高さに本当に驚かされます▽
(8) さて私の興味はこうした石垣の修復工事の様子でしたが、これだけ紹介したのでは物
足りないでしょうから城の櫓の方もちょっと紹介してみましょう・・・右側に見える表
門とも言われる「前御門」をくぐるとこの本丸跡に出ます▽
(9) 本丸跡からは白河の中心街が望めますよ▽
(10) この建物は「三重櫓」と呼ばれ、もともと武器や食糧の貯蔵や防御を目的として造ら
れた櫓、一度戊辰戦争で焼失しましたがその後平成3年に復元されたものです、早速
この中に入ってみると・・・▽
(11) 内部は残された絵図や当時発掘した出土遺物等をもとに忠実に復元されたようです▽
(12) 防御のための石落としや鉄砲用の窓も忠実に復元・・・▽
(13) しかしここは櫓ですからさすがに狭いですね▽
(14) 最上階から眺めた白河の街・・・東北本線の白河駅がすぐ近くです▽
(15) こうした眺めを楽しんだ後はすぐ近くの国の史跡名勝である南湖へも立ち寄ってみま
した・・・この時期は「スイレン」が奇麗でしたよ、でもこの日はあいにく私の山小
屋のある那須連山は見えずで、ちょっと残念・・・!▽
(16) 最後は夕闇せまる南湖の光景です▽
今回は久し振りに那須を離れて白河の小峰城の紹介・・・山小屋滞在中に観光に出かけたのは今年初めてかな!
この小峰城に関してですが、白河市では5年前の東日本大震災を受けた小峰城の修復経験をもとに今年の4月に発生した熊本地震で被害を受けた熊本城の石垣崩落対策に協力する方針で動いています。熊本市からも初期対応を含め助言を求めている模様で・・・こうした連携が今後熊本城の復旧に役立っていくと思うと嬉しいですね。
でも復旧と一口に言っても熊本城の場合は小峰城よりもはるかに長い工事期間と莫大な費用(354億円・・・?)が見込まれるようで本当に大変なこと・・・しかし熊本城も貴重な文化財ですからぜひ復旧につなげて欲しいですね。今回もコメント欄は閉じさせてもらいました。
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