道元から人生を学ぶ

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鎌倉時代の道元から生き方を学びたい。一日ひとつずつ潜在意識の中に落とせていけたらいいな。
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こんにちは。
はまだ施術院 院長の
濱田 です。

私は小学校の習字の時間に「温故知新」と書いたときから、
ふるきをたずね、あたらしきを知るということばが好きになり、
今回は「道元」から新たな人生の生き方を学べたらと考えております。
そうすることで「禅」を観たときに、よりよい真意が学べるかと思います。
変な宗教にはまってないですよー。ご安心を。

第1章「本当に大事なもの」に気づく30話−少し見方を変えるだけで
22.奇特事(きとくじ)は、条々面々みな喫飯(きつはん)なり <家常(かじょう)>
−目前の「偶然」に意味を見出す−

「奇特事」とは、この世で「特に優れて珍しい行為」という意味だそうです。道元は、「尊い行為とは、食堂に集まったものが、みな同じように口を動かして、ご飯をたべていることなのだ。」という。

これは、なかなかむずかしい。何が言いたいのか?なにがなんだかよくわからない。
ではサブタイトルの−目前の「偶然」に意味を見出す−は?
これはよくしますよね。
「何がそうさせているのか」
「偶然をラッキーのままで終わらせない」
ようは、ラッキーのままで終わらせると、目の前を「今以上のラッキー」が手を振りながら通り過ぎても気づかない。
世の中には、ラッキーは無い。
すべて必然である。

では今日はこの辺で。
こんにちは。
はまだ施術院 院長の
濱田 です。

私は小学校の習字の時間に「温故知新」と書いたときから、
ふるきをたずね、あたらしきを知るということばが好きになり、
今回は「道元」から新たな人生の生き方を学べたらと考えております。
そうすることで「禅」を観たときに、よりよい真意が学べるかと思います。

第1章「本当に大事なもの」に気づく30話−少し見方を変えるだけで
21.志の到(いた)らざることは無常を思わざるに依(よ)るなり 
−「自分もいつか死ぬ」と意識する−

自分の目標が達成できないのは、明日はくると思うからだ。逆に言うと、明日はこないと思って暮らせば、目標達成する。もっと平たく言うと「今日するべきことは、今日する。すると願いは叶う。」 という意味ではないでしょうか。

花は無常、いつまでも咲いていない。だから、美しい。人も生まれてきたら必ず死ぬ。だからこそ、尊くありがたい。 という意味もあるらしい。

では今日はこの辺で。
こんにちは。
はまだ施術院 院長の
濱田 です。

私は小学校の習字の時間に「温故知新」と書いたときから、
ふるきをたずね、あたらしきを知るということばが好きになり、
今回は「道元」から新たな人生の生き方を学べたらと考えております。
そうすことで「禅」を観たときに、よりよい真意が学べるかと思います。

第1章「本当に大事なもの」に気づく30話−少し見方を変えるだけで
20.花は年々開くけど、皆得悟(とくご)するにあらず <正法眼蔵随聞記(しょうほうげんぞうずいもんき)>
−「散るさくら 残るさくらも 散るさくら−

サブタイトルは「良寛」の俳句だそうです。
桜は毎年同じように咲きます。そしてあっという間に散る。これが仏心の真心の恵みである という解説である。

よくわからない。ぺこり
こんにちは。
はまだ施術院 院長の
濱田 です。

私は小学校の習字の時間に「温故知新」と書いたときから、
ふるきをたずね、あたらしきを知るということばが好きになり、
今回は「道元」から新たな人生の生き方を学べたらと考えております。
そうすことで「禅」を観たときに、よりよい真意が学べるかと思います。

第1章「本当に大事なもの」に気づく30話−少し見方を変えるだけで
19.桃花のさかりなるをみて、忽然(こつぜん)として悟道(ごどう)す <渓声山色(けいせいさんしょく)>
−本当に大切なことは、だれにも教えてもらえない−

これは霊雲(れいうん)禅師のお話。彼も30年もの間師の下修行をしていたが、悟りを得れない。そして新しい師匠を求めて旅に出た。小高い丘から人里を眺めた。一面に咲く桃の花。「ああ、なんと美しい」となにげなく声が出たとたんハッと気がついた。どうしていままで、花が美しく見えることのすばらしさに気がつかなかったのだろう。
ということだそうです。

なるほど。
おそらく活字では真意は伝わってこないと思う。
私の師匠である NCA学園の角野D.C.は私に
「花を見て美しいと思える心を持ちなさい。」
とおっしゃった。同じことである。実は花を見て「心臓(心)が広がり、暖かさを感じる。」感じを得なさい。と。こんなこと人から教われないですものね。

彼もその感覚を悟ったのだと思いますよ。

では今日はこの辺で。
こんにちは。
はまだ施術院 院長の
濱田 です。

私は小学校の習字の時間に「温故知新」と書いたときから、
ふるきをたずね、あたらしきを知るということばが好きになり、
今回は「道元」から新たな人生の生き方を学べたらと考えております。
そうすことで「禅」を観たときに、よりよい真意が学べるかと思います。

第1章「本当に大事なもの」に気づく30話−少し見方を変えるだけで
16.翠竹(すいちく)のなかより、発心得道するあり <発菩提心>
行き詰ったら「考える」のをやめる

香厳(きょうげん)和尚という大変頭のいい禅僧が中国唐代におられた。彼は修行も熱心にされていたがどうしても悟れない。師匠に「お前さんは、何でも頭でわかろうとするからつかめんのだよ」といわれたが、彼は理解できずに修行をやめて旅に出た。途中、尊敬していた忠国師の遺跡にたどり着いた。みると、草がぼうぼうと生えている。彼は草をとり、枯葉を除いた。がしかし、もやもやしている気持ちは収まらない。ふと落ちていた小石を竹やぶ(翠竹)めがけて投げ入れた。「カチッ、カチッ、カチーン」竹に当たる音が響き渡る。そのとき、ハッと悟った。
ということだそうです。

なるほど。
考えすぎて真意が見えなくなることがよくある。
私の師匠である NCA学園の角野D.C.
「勉強しなさい。そして忘れなさい。」
という。同じことである。実は覚えているうちは、その知識のフィルターを通してみてしまう。とらわれているうちは真意がつかめない。一度忘れてひらめきとして出てきたものを使って施術をするとよい結果がえることが多いですね。

では彼は何を悟ったのか。
実は「耳が聞こえる」ということである。

では今日はこの辺で。

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