般若心経

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お経でもポピュラーな般若心経を通じて人間関係の改善をはかろー
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最後のメッセージ

こんにちは
はまだ施術院 の ブログへようこそ
院長の濱田です。

昨日クライアントさんの御通夜に行ってきました。
最後の言葉が「みんなありがとー」だったそうです。
ご主人のおはなしのし方がその方そっくりで
帰りの車の中で妻と
「○○さんがしゃべっているみたいだったね」というほど。

その方は私が悩んだりしていると、
ひょこっと予約の電話が入り
「がははははは」と私の悩みなど豪快に笑い飛ばしてくださる方。
どんなに自分がしんどくても、
いつもいつもご主人とお子さんのお惚気を言われてた方。
不思議とその日(来院された日)は妻への接し方がいいらしく、
来院されたかどうかすぐわかったらしい。
医学や宗教にも学識があり、私の質問にいつも快く答えてくださった方。
そして私のシャドーボックスの先生でもあった方。

いつもどちらが癒されているのかわからない。

まさに人間として「憧れ」でした。
釈迦の誕生日に逝かれるなんて○○さんらしいね。と妻。

その彼女からの最後の教えは何なのか。
考えてみた。
・自分をしっかり持ちながら、回りの人に気を配る。
・人生ってなんなのか。
 子孫に対し自分の生き様をみせ、そして新たな価値観の創造。
もう少し自己探求をしてみよう。

また来生でもお逢いできることを楽しみにしています。

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般若心経には、前半だけで「空」が7回でてきます。
実はこの「空」が般若心経ではポイントとなります。

仏教にはいろいろな読本がありますが、ほとんどがこの「空」を説明しているといっても過言ではないと思います。

ではそんなに難しいものかといえばそうではないのです。(私が言うのもなんですが。)

おそらく、人によりまた同一人物でも「気のレベル」により「空」の感じ方が違ってくるから、文章による表現が難しいんだと思います。
お釈迦様は書物としては残していません。口答のみだったそうです。

ですから、この文章を読まれても「あ、あ、あれか!!!」
というところには到達できないと思います。


では、「空」を使ったどんな言葉があるでしょう?
空(そら) 空き瓶 空気 などがありますね。
何も入っていないようですが、「無」ではない(真空ではない)ですよね。
「空」とは「無」とはあきらかに違う ということです。

NCA学園の角野先生
 [http://www.chiropractic.jp/] によれば「空」とは、『見えないが強いエネルギーの塊』だそうです。


では、クレヨンしんちゃんの『色即是空』とはどういう意味なのでしょう?
「色」とは物質的現象、形あるものという意味です。
ということは、直訳すると「物すなわちそれは空である」となります。

お盆の説教であるお坊さんは「『色即是空』とは『輪廻転生』のことです。」とおしゃいました。

私は今『色』に、枠(パラダイムや自我)を当てはめて考えています。

皆さんもぜひ、『色』にいろんなものを当てはめて見られると、
新しい自分やいろんな可能性に出会えると思います。

最後まで読まれたあなたならきっと出会えると思いますよ。


「カイロプラクティックがなにやっているんだ」
とお思いの方も多いと思います。
しかし、50%以上の確率で病気の原因に「ストレス」が含まれます。痛みや身体のゆがみの原因もその例外ではありません。
クライアントさんに少しでも喜んでいただけるよう学んでおります。
ご理解ください。

ちなみに、これは全て私の解釈によるものです。
「般若心経」に興味を持っていただけたら幸いです。
参考文献 現代語訳 般若心経  玄侑宗久 著  ちくま新書

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前回「修行」という言葉が出てきました。では、なにをもって「修行」というのでしょう。また、お坊さんでない私たちに関係があるのでしょうか?


私たちは、生まれてから、両親や兄弟、社会から(良い悪いは別にして)抑制を受けています。
たとえば、40歳代では「人の目」というのが大きな抑制のようです。実は私もそうです。

抑制とは「わく」と思っていただいたらわかりやすいと思います。

たとえば、子供の時から親に「お前はばかだ。」とすりこまれ、勉強ができなくなる。とか。下に兄弟ができ、母親の愛情がそっちにとられた感情をえてしまし、愛情を愛情と感じられなくなってしまう。とか。


般若心経では、その抑制のことを「自我」といっています。そういった抑制から「開放」されることを、目的として行うことを「行」とか「修行」というのではないでしょうか?お坊さんの修行もそうだと思います。

では、私たちはどうでしょう。
この世は修行の場、といわれるように今私たちは「修行」をしている、と考えたら今からの行動がどのように変わるでしょう。



ところで、子供は自分で着替えをするころから反抗期を向かえ、思春期とともに終わります。(最近はそうでない方がかなり多いようですが…。)


反抗期というのはなぜ起きるのでしょう?


私は、これが「親からの抑制の脱却」だと思います。
こんな経験はないでしょうか?
高校生の時、ろくに口も利かず、何を考えているのかわからなく、いつもピリピリしていたが、大学や会社に入り、しばらくすると大人になってきた。
そして、親と大人の付き合いができるようになってきた。


これが、親離れ、子離れではないでしょうか?

お葬式の時、もっともポピュラーに唱えるものですね。どなたでも一度は口にされたことがあると思います。

私の年代では「レインボーマン」というヒーロー物の中でつかわれた一節(あのくたらさんみゃくさんぼだい)があり、親しみをもった記憶があります。

また、「クレヨンしんちゃん」の野原家の床の間にかけてある掛け軸に書いてある「色即是空」もそうですね。


私は、父が73歳になった時、「いつかはくる別れに備えておこう」と思い、般若心経に興味を持つようになりました。


では、なぜお葬式にこのようなお経をとなえるのでしょう?


私は、お経とはゴスペルソングであると思います。親族をなくし、悲しむ。そうすると自律神経の副交感神経が優位になり、落ち込み何もしたくなくなる。

ところで、「ぱぴぷぺぽ」は副交感神経を、「がぎぐげご」のような濁音は交換神経を興奮させます。たとえば、あかちゃん言葉を聴いていると心が穏やかになりません?これはまさしくこの効果です。また、なんかあったら「おぎゃー」と発すると、耳にした人の交感神経を興奮させ、緊急事態を知らせる というわけです。

お経にはこのような言葉が多分にふくまれており、そこで7日間唱えることにより、交感神経と副交感神経のバランスがとれ、心が落ち着いてくる。
と言う効果があります。


般若心経では、特に、最後の一節

ぎゃーてー ぎゃーてー ぱーらーぎゃーてー ぱらそーぎゃてー ぼーじーそわかー

という部分を
1日50回唱えると瞑想したのと同じ状態になれるそうです。(これは、人によってかなりの差はあります。)

あきらめずただ繰り返す。これを「修行」というのだと思います。

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