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僕は、映像の仕事をすると、やり方が違うと思われているのか、
「舞台の人ですもんね」
と言われてしまう。
でも、舞台演出すると、舞台関係者からは、
「映像の方ですからね」
と言われてしまう。
どちら側の人からも、僕は【違う方面の人】と思われている。
映像関係者と仕事をすると、よく…
「それ舞台でしょ」
とか
「舞台っぽくないですか」
てな言われ方をする。
特に、デジタルコンテンツに関わるオシャレな女性プロデューサーからは多少ナメた感じでカル〜く言われたりする。
一方、舞台畑の人と仕事をすると…
「それって映像の考えじゃない?」
とか言われてワケの分からない境界線を引かれてしまう。
物語を書く上では、どっちがどう違うなんて感じたことはなかったのに、いつも映像側、舞台側の双方の人たちから、そういう区分けをされてしまうので、自ずと「一体何が違うのか」と考えるようになってしまった。
で、映像と舞台の違いについて、【芝居】というもので考えてみた。
すると、そこに大きな違いはあった。(ま、そりゃね)
てなワケで、映像芝居と舞台芝居の違いについて述べてみたりする。
映像と舞台の芝居は、発信する情報の形態に違いがある。
映像芝居は【手紙】で、舞台芝居は【電話】
なのだった。
映像の芝居は手紙。
手紙とは、まず、時候と季節の挨拶があって、主文(用件)を書いて、末文(締めくくりの挨拶)、結語を入れるという構成になっていて、これらの言葉を推敲しつつ丁寧に組み立てる。
手紙の名文とは、全体のバランスを合わせ、一番美しい文章を組み立てていく。
ここをちゃんとしておかないと手紙というのは相手方に残っちゃうから、後で何度も恥をかいてしまう。
映像芝居もしっかりと組み立てておかないとヤバイ。
ヘタな芝居なんかしてると、それらは全て記録されるので、あとあとその映像を観る度にヘコむことになる。
また、映像芝居は順撮り(脚本の頭からシーンの順に撮っていくこと)とは限らない。
いきなりラストシーンとか、外ロケは外ロケ、スタジオはスタジオでまとめ撮りしたりして、後の編集で映像を繋ぐ。
なので、映像芝居をする場合は、抜き出したシーンごとに感情をつくらなければならない。
でも、映像芝居は、いくつもシーンをテイクし、間違いがあれば直され、一番良い部分を選りすぐって編集していくので、一番ベストな芝居がそのフィルムやVTRに記録されるハズ。
手紙みたいにね。
一方、舞台芝居は電話のようなもの。
特にセリフに関しては、まるっきりリアルタイムの生きた言葉がその場で伝わる。
だから、舞台芝居は、受け手側(客)の状態次第でトーンが落ちたり、逆にノリノリになったり、思わぬハプニングも起きたりする。
これは受け手側(客)の状態により、芝居が影響を受けやすいということなので、その公演ごとに毎回微妙に違った印象になるところが面白いところ。
あと、多少セリフをかもうがタイミングを外そうが、それは全てその場で終わるんだから、客席と空気を共有しながらおもいきり演じるというのが大事になってくる。
実は、日常でナマの言葉として吐かれるセリフなんて文法はメチャクチャで、一つの文節に主語がいくつも入ったりすることなんてザラ。
電話みたいに。
なので、ナマの言葉は、文章で書かれたように綺麗に計算された言葉を吐くとウソっぽく聞こえる。
僕は日頃、文章で書かれたようなきっちり整理されたセリフ、リアルさに欠けたものを【手紙セリフ】と呼ぶ。
それに対し、文法がメチャクチャで、空気を読み、多少探ったようなドキュメント臭いセリフを【電話セリフ】と呼ぶ。
舞台上で詩を朗読したり、物語を語り部が先導するんだったら、それは【手紙セリフ】でいい。
たけど、芝居にリアルを求めている場にそれは無いと思う。
日常で、そんな口調でそんな会話のやりとりなんて無いだろう、とツッコミたくなる。
舞台芝居の劇中で、いきなり声高らかに金言格言めいたセリフを吐かせたりしていたの観たことあるけど、これって完璧に手紙のセリフ。
作演出家は「やったった」みたいな気持ちになってたかも知れないが、観ていたこっち側にはまったく響かないしヒジョーに浮いていた。
小さな劇団でよくありがちである。
とにかく、交通整理され過ぎている言葉ばかり並ぶと生きたセリフには聞こえない。
そんな風に、なぜか舞台では【手紙セリフ】が横行するが、もしかして舞台とはそんなものと激烈な勘違いをしているのかもしれない。
そういうことがまかり通っているから、映画に出演予定のペーペーの若い役者に、舞台の現場に連れて行って芝居を勉強させようと試みたら、
「舞台の芝居は妙なクセが付くからやらないほうがいいって事務所から言われました」なんてことを堂々と吐かれてしまうのだと思う。
ま…確かにそーいうことを言われた時代もあったけど、そりゃ昭和の認識だろー?なんて思ってしまう。
なんだか…
僕が思う舞台と映像の違いを語っていたら、いつの間にかグチになってしまったけど…
とにかく、手紙と電話というコミュニケーション形式2つともに言えるのは、送り手と受け手の結びつき。
送り側が『送りたい』という気持ち、受け側が『受けたい』という気持ちが強ければ強いほどその情報の中身は濃密になる。
芝居もそう。
芝居も送り手と受け手の関係で薄くも濃くもなる。
相手(客)が『受けたい』と思う雰囲気作りを絶えずやり続けるのが、送り手側である。
送り手側の役者はもとより、それを構成する作家も演出家も、金を取るんだったらそこをちゃんと読みきってほしい。
特に―――
地方で活動する小さな劇団や学生演劇をやっている方々は、アマチュアだからってそれがなくても大丈夫なんて思わないでほしい。
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