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あとがきです。
この物語を書いた頃は、ラジオドラマなんてそろそろ辞めたいと思っていた時期。
元々、ある俳優養成所兼タレント事務所のマネージャーが、営業でFM局へ行き、自分とこのタレントを売り込んだものの、そこで対応した部長さんから―――
「うちは作家がほしいんだよ」
と言われ、そこで自分とこのタレントを起用してほしいばかりに、
「いい人がいます」
なーんて言って僕を紹介したのが始まりだった。
そこのTタレント事務所は、元々僕が携わった映画のオーディションを受けたコたちを集めて、養成所にしちゃった経緯があることから、「あのコらのためにも」なんて言われたら、もうやらざるを得ない。
それで、書いたこともないラジオドラマを2つ書いて持っていったら、その当時、僕の素性も知らないまま接していた横柄なディレクターO氏に、
「これ作品の体をなしてない」
「ウチ向きじゃない」
「ラジオドラマって知ってる」
「別に無理して書いてもらわなくてもいいんだよ」
「ホカの作家さんの作品を聴いて勉強して」
と散々な言われよう。
今は、こんなことは絶対言わないんだけど、この頃はこんな風だった。
ま、こーゆーのありがちですね。
で、ボツにされたので、マネージャーに電話して「ゴメンね、力になれなくて」と報告。
ちょっと地方ディレクターにナメられたのが悔しかったけど、「これでラジオドラマなんて書かなくて済む」と、スッキリ。
ところが、ホカの作家の作品ストックがなくなって、僕のボツ作品を収録しオンエア。
その『胸いっぱいの初恋を』が評判だったために、それ以後、書かされることになってしまった。
この『記憶消去装置』は、もう9作目になってたんだけど、その頃になってもTタレント事務所のコたちはいっこうに起用される様子もなかったので、僕が書いてる意味なんてもう無くなっていた。
それに、CM制作やテレビ番組の現場には、Tタレント事務所のコたちをチョイチョイ入れてあげてたので、別に僕がラジオドラマを書いて頑張る必要も無いから、そろそろいいかなーって……
ということで、ラジオのディレクターには、「もういいっスか」とか「忙しいんで」なんて言って逃げ始めた頃なのだった。
この作品の前、聴取率月間だったために、なんとか数字を上げようと僕の作品を放送することに決めたらしく、更に、姑息にも、作品を前編後編に分けて、後編オンエアの週が聴取率調査に当たるように企てていたので、前・後2本も書かされていたのだった。
(そんなに効果はあるとは思えんけども)
なので、その作品を書いた後は、【気が向けば書く】ということにして、ラジオドラマ執筆は長期の休みに入った…つもりだった。
そしたら、1ヶ月と少し経ったある日、
「書いて。お願い」
という電話が―――
「いつまでですか?」
「あと、3日以内に」
―――で、書いたのがコレ。
ま、とりあえず、3日あるので、ぼちぼちと書き始め……
終わったら、こんなスジになってた。
提出したら、感動系の話じゃなかったので、ブツブツ不満を洩らされたけど、オンエアしてみると評判良かったので、
「こういうのもいいねえ」
と言われたのだった。
傾向としては、時間が無いときに書かされると、感動とは程遠い内容となる。
時間が無ければ無い程、とってもとってもバカな内容になる。
感覚で書いちゃうから……
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