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苦しくもドキドキハラハラの右へ行っちゃうか
それとも左のタクシー乗ってこの場を去っちゃうか
次の企画はもっとしんどいから考える時間がほしい。
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なにげ写真・ロケハン
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ロケハン写真だったり…お散歩写真だったり…
とにかく、歩きながら写真を撮って、アホアホにブツブツ言ってます。
とにかく、歩きながら写真を撮って、アホアホにブツブツ言ってます。
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たとえ小さな橋であっても、それは必要。 多くの人を渡せないけど、きっと重要。
そんな仕事って、誰にも意識されないけど、大切なこと。
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ハウステンボスの光の王国とやらに行きたいとか言うたので行きました。
凄く寒い中人がいっぱいいました。
売り子さんたちは、若い子は外で物売りしてて、年上の方は室内で物売ってるという色分けが、クッキリしていました。
外で物売っているコは、だいたい皆さん鼻が赤かったです。
うちの娘は、このような場所に来て、
「寒いから早く帰りたい」
を連発していました。
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つづきでございます。
造船所近くは気に入ったので結構うろうろしました。
側には、昔の赤線のなごり…
娼家がまんま残ってたりします。
丸山は、幕末の志士も遊んでいた高級な色街なんですけど、こちらは三流料亭といいますか…
造船所側は、ブルーカラーの方々相手の安めの娼家が立ち並んでおりました。
ここは、一般の方が住んでいらっしゃる。
向こうに造ってる艦船には176と番号が記されてますね。
工場萌えする方には、さぞたまんない場所なんでしょうね。
フィルムコミッションに、使わせてくれと頼みました。
造る船のある一方、こうして朽ち捨てられた船もあるワケです。
この船よく見ると、東京で使用されていたものみたいですね。
なんで長崎で捨ててあるんだろう。
この日は監督は疲れたので、ホテルへ送って休息をとってもらい、僕とプロデューサー二人は夜の街へ。
区画整備されていないから、行き止まりがたくさんあって、その行き止まった先にも店があるんです。
この日の翌日帰りました。
毎日夜中まで飲んでましたけど、じっくりと長崎が見れてよかったです。
相当、ホンの中身が変わりましたね。
前は何にも知らずに書かされてましたからですね。
というワケで、僕は、4、5日に監督の住む神奈川へ行かねばなりません。
先日、新藤兼人監督が亡くなられたので、監督が現役最高齢となりました。
監督は負担にならないよう横になってリラックスした状態で、僕とホン打ち合わせをする予定です。
11日のギルド会議までには福岡に帰ってこなくてはなりません。
まだまだ辛いの続きます。
−おわり−
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昨日の続きです。
老人とか障害を持つ方にとっては辛いかもしれません。
なので空き家が結構あるらしく、ロケ用に使える家も選べそうです。
レトロな赤いポストがありますが、まだ現役です。
こんな風に坂が多いからバイク人口が大きいんですよね。
その一方、坂道では下りはいいけど上りが辛いから自転車はあまり乗らないのだとか…
なので、東京でヘタクソな自転車乗りがいたら、長崎出身の可能性は高いとか言ってました。
家を建てる際、建材などが車で運べないため、今でも馬が活躍しています。
広島の尾道にも通ずるものがありますが、街をすり鉢状に四方坂が囲んでいるところが違うなあと思いました。
もちろん本社は長野。
そこの駐車場になっているところが、『長崎くんち』の会場となる場所です。
この階段は、観客席になるんですよね。
車で回れるのに、監督が登るっつーから、一緒に登りました。
くんちは10月らしいので、それを映画のシーンに入れるか入れないか微妙なところです。
入れるとなると実景だけにして、季節が移り変わった象徴シーンでないと金がかかってしまう…
まあ…そりゃプロデューサーと監督が考えりゃいいや。
ソロバンドックっつって、そこにあるソロバンの玉みたいなところからスルスルっと船を滑らせて、進水させるんですよね。
今はプール式になっていて、槽の中に水を注水して船を浮かせて進水させるんですけど、ここは満潮を利用して水位が上がった日にスルスルっといくらしいです。
昭和30年代のドックの雰囲気を探してここに来てみました。
で、ここまだ使用されているんですよね。
ちょっと制作部にいろいろ調べてもらおう。
赤錆びたいい感じ。
これは昭和から変わらない風景ですね。
何トンくらいだろう?
船造ってましたね。
この日は日曜日だったから、シーンと静まり返ってました。
監督は「いいね」を連発し、こんな風景を使ったシーンをホンに反映させることにしました。
−つづく−
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