手作り家具職人の日記

手作りの家具を熊野の大自然の中で作っています。妻と3匹の猫との暮らし。

中国の思い出

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中国の思い出4

爽やかな秋の訪れと思いきや昨夜から激しい雨、今日も一日中降ったり止んだり。今の日本の政局みたいです。

9月中旬から10月中旬までは北京の人々にとって一番爽やかな季節の訪れとなります。空気はからりとひんやり、空は青く澄みわたり、外出に快適です。観光客もこの頃が一番多くなります。

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            (天壇公園)

北京は緯度的には日本のどのあたりだと思います?そうです秋田のあたりです。緯度40度くらいですから爽やかなはずですね。

中国の思い出3

中国のダンボール入り肉まん事件は私達に衝撃を与えましたが、これは日本でもおなじみのテレビ局によるやらせだということでした。

中国の観光地で売っているみやげ物には偽物がよく混じっています。これは中国3大石窟の一つ、「大同の石窟」の露店で買ったものです。少し剥げていますね。真鍮ではなく石膏に金色を塗ったものです。なかなかうまく出来ています。

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値段も値切るのが前提です。大体むこうの言い値の十分の一くらいから始めて丁度よくなります。日本人はあまりひどいことを言うと悪いかな?と気がとがめ、半分くらいから言い始め、3割くらい安く買えればにこにこですが、それでは相手もにこにこというわけです。まあ商売に関しては中国の人に敵いません。その上をいくのがインド商人といいますが。

なつかしい中国をけなす気など毛頭ありませんので念のため。工業製品や農産物はもはや中国抜きでは考えられない関係になっています。品質のレベルも早く世界標準になってほしいと思います。

最後に大同の石仏の写真を載せましょう。北京の西北、汽車で5時間くらいの所にある一大石仏群です。

 
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中国の思いで 2

あの頃中国の乗り物といえば圧倒的に自転車でした。自動車が増えはじめていましたが市民の足は自転車。朝の通勤時間には広い道路の両側に延々と自転車が続き、中央を車が走っていました。そんな中を、広い道路ですよ幅が50メーターくらいありましたか、中国の人は平気で横断していました。私は恐くて横断歩道を信号に従って渡りましたよ。当然事故も多かったです。

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市民の足として軽バンがどんどん出てきました。しかし粗製乱造の運転手の結果、よくひっくり返った車を見かけました。狭い道路で、がちんこするとこれが又大変!絶対に後に引きません。にらみ合いが続いて殴り合いに発展することもあります。私が見た光景はなかなか凄まじく相手の髪を引きずって振り回しておりました。今はずいぶん違っているでしょうが。

中国の思い出

北京オリンピックまであと一年となりましたね。帰国して10年、あの頃の北京や中国の思い出を少しお話してみましょうか。

凄まじい勢いで変貌していく北京ですが、失われていくものも多そうです。

私が中国に単身、赴任したのは1993年の6月、丁度14年前になります。うす暗く、だだっ広い通関手続きのスペース。一段高い申告台に座ったカーキ色の制服を着た税関員。横柄な態度、胡散臭い目で見られながら入国手続きを済ませ、中国に第一歩を踏み入れました。

 
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事務所と住まいは北京の中心街にある合弁のホテル長富宮(チャンフウゴン)と隣合わせのビル。すぐ裏手には胡同といわれる古い家並みが広がっていました。地図の真ん中の四角の囲んだ所は故宮、斜め下の黒丸が長富宮。

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情緒あふれる家並みも取り壊され、高層ビルに変わっていっているようです。

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