|
写真は、今年の9月のはじめ、強く降る雨の中、岐阜県中津川市坂本の坂本神社に立ち寄ったときのものです。
現在、決して有名な神社というわけではありませんが、全国の多くの神社を見慣れた私にとって、古くからの参道の名残や境内のたたずまいから、とても味わい深い雰囲気が感じられました。坂本神社は創始以来1300年の歴史があるとのことです。
急にひとりで立ち寄ったのですが、神奈川の神社での修行から帰られたばかりという若い宮司さんに丁寧に出迎えていただきました。「夜明け前」に登場する、馬籠の万福寺の若き住職を思い起こしました。
昔の神社の姿や鳥居の奥の石積みはとても精緻に組まれていることなど、説明していただき、帰り際に思わず「頑張ってください」と言ってしまうと、素直に「ありがとうございます」と返されました。
境内の庭には、1本のハナノキが植えられていました。
ハナノキとは、カエデの仲間の樹木ですが、全国で、東濃の限られた100kmぐらいの範囲にしか分布していません。中津川市坂本のハナノキ自生地は、大正9年国の天然記念物に指定されています。この地域に夥しい数の池沼があることと関連があります。
わが国の樹木の貴重種として有名な、坂本のハナノキは、今年になって注目されつつある「生物多様性確保」の中でも代表的な樹種ですが、北アメリカ東部に近縁種があり、これが一部で緑化樹として日本へ移入されているといわれ、在来のハナノキとの交雑による遺伝子撹乱の恐れがあります。
生物多様性において「種内の多様性の確保」の重要性から見過ごすことのできない事例です。
蛇足になりますが、生物多様性には、ほかに、「種間の多様性の確保」と「生態系または景観としての多様性の確保」があります。
さて、ずいぶん前置きが長くなりました。
〜〜〜 近代日本の森林と人との関わりの系譜(その5) 〜〜〜
裏木曽を訪れると、まだ、あまり観光地化されていないところが多くあり、いろいろな場所で山里の美しさや日本古来の山村の生活の気配を感じます。
島崎藤村の「夜明け前」でみてきたように、森林の恵み以外に頼るところがないのが山村でした。
近年、木材価格が著しく落ち込み、多くの場合木を伐ってもこれを搬出して再度植えることが、難しくなっています。
林業のほか見るべき産業がなく、林業で自立することができなければ、過疎がすすみ村は崩壊します。
一方、都市近郊や平地において、森林は開発転用の対象としての価値しか認められず、林業放棄、森林放棄の状況がすすんできました。
森林を収益の対象としてしか見なければ、地域を自立させる力のない林業は存立価値を失うことになります。
森林政策を研究する学問として「林政学」がありますが、経済政策学としての林業を研究してきた「林政学」は、明治以降昭和50年代まで続きましたが、そこまでで行き詰ってしまったともいえます。林業の担い手が誰かというターゲットも拡散した状態が続いています。
このような状況は、林学という学問の限界ではなく、日本が明治初期にドイツから林学を引き継いだとき、いくつかの誤りがあったことによります。
最近の日本林業経済学会誌においては、課題の模索と水源林の維持やボランティア活動の実態など森林の社会的管理の動向についての研究報告がなされており、林政学が新たな方向に展開しつつあるようですが混沌とした状況です。
「森づくりは、半ば科学であり、半ば芸術である」という、ドイツ林学の祖ハインリッヒ・コッタの言葉は、すでにご紹介しましたが、森林と土地を別のものと考えるのではなく、土地と一体になって生きてきた人間の歴史に焦点をあてて見直すことが避けられないのが現在の状況であるともいえます。
森林を公共財として見て、また、森林の価値を貨幣価値に置き換えて説明しようとする試みもなされ、一定の注目を集めましたが、森林の価値を数量化してもその価値を伝えたことにはなりません。
また、投資の費用対効果を算出するには、美や信仰の対象など森林の価値はあまりに多様です。
環境保全や治山治水についても、生活との結びつきの中でその施策を明確にする必要があるのですが、基盤となる生活文化も包括する林政学の再構築がより一層認知され進展する必要があり、これに一石を投じる意味もあり、今後、キーワードをいくつか選び、話題としていく予定です。(つづく)
|