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この最終回の記事は、とてつもなく、固く、長く、難解な記述になってしまい恐縮です。
写真は、房総半島南部の海岸沿いの山の様子です。
・上の写真は、豊かな自然の森林に見えます。実は、全国で最大面積のマテバシイの純林です。
一見、自然の風景のよですが、大正時代以降植栽されたもので、昭和40年代以降放置されたかつての薪炭林です。
・中の写真は、林内が真っ暗で、地表は裸地化し、雨水による侵食が始まっています。
・下の写真は、人家に落石が発生し、対策工が講じられている様子です。
この場所のほかでも規模の大きな治山工事が実施され、さらに、今後、持続的な森林の管理計画が策定されました。森林管理の必要性がご理解いただけますでしょうか。
今日のブログ更新は、連載シリーズ、「近代日本の森林と人との関わりの系譜」(最終回)です。長文になり恐縮です。
〜〜〜 近代日本の森林と人との関わりの系譜(その11〜最終回) 〜〜〜
山林管理に関する二組の相対立するベクトルとその解消に向けて
11月16日掲載の(その7)では、明治30年森林法の成立にいたる生みの苦しみについて記載しました。
すなわち、明治26年「山林」誌上で川瀬善太郎と金子堅太郎の論争に象徴されるものです。それは、日本の山林管理のあり方のベクトルをどの方向に見据えるかという、根本的な問題を包含していました。
その後、林利の開発の要請の中でこの問題は埋没し、戦後高度経済成長期が終わるまで、表面化することが無かったことは、すでに述べたとおりです。
そして、その問題は、一部において今なお論争の種として生きつづけており、現代的な課題として、我々に決断を迫る問題であることを確認し、この連載シリーズを締めくくりたいと思います。
●山林管理に関する二組の相対立するベクトル
これまで繰り返し記載してきましたが、「公私共利」の原則を掲げて管理されてきた日本の山野は、明治9年の「官民有区分」により、所有権を明確化することになりました。
ここに、日本の森林おいて、用益権以外の権利、すなわち、林地の所有権が生まれました。
しかしながら、制度を変えても森林と人との関わりは、即座に変わるわけではありません。
明治9年以降の日本政府が、山林管理について、大きな課題を背負うことになったのは前述したとおりです。
その課題とは、相対立する二組のベクトルとして表現できると考えられます。
一つは林野の「目的」についてのベクトルとして「所有」対「用益」であり、もう一つは「所有」により担保されることになった林野の「価値」についてのベクトルとしての「木材収益」対「多様な恵み」です。
林野を「所有」の対象とするか「用益」の対象とするかの対立から、「価値」に見合う損失補償の権利が発生し問題の解決を迫られる場合が生じます。
「木材収益」を得るか「多様な恵み」を期待するかの対立から、「技術至上主義」と「合自然的な多様な技術」の適用という森林管理技術上の選択を迫られる場合が生じます。
●「林地開発許可制度」の意義、と「森林の多様な機能の持続的発揮」の明示
〜「林地開発許可制度」の意義〜
二組のベクトルのうちの前者、すなわち、「所有」と「用益」の対立ベクトルについては、昭和49年森林法改正による林地開発許可制度の創設という、一つの回答に到達していると考えられます。
特に重要なことは、林地開発制度が一種の社会規範という価値観の上に立っていることであり、森林法上の政策理念を新たに確認したことといえます。
(森林法10条の2一部抜粋)
開発行為をしようとする者は、農林水産省令で定める手続に従い、都道府県知事の許可を受けなければならない。
2 都道府県知事は、前項の許可の申請があつた場合において、次の各号のいずれにも該当しないと認めるときは、これを許可しなければならない。
1.当該開発行為をする森林の現に有する土地に関する災害の防止の機能からみて、当該開発行為により当該森林の周辺の地域において土砂の流出又は崩壊その他の災害を発生させるおそれがあること。
1の2.当該開発行為をする森林の現に有する水害の防止の機能からみて、当該開発行為により当該機能に依存する地域における水害を発生させるおそれがあること。
2.当該開発行為をする森林の現に有する水源のかん養の機能からみて、当該開発行為により当該機能に依存する地域における水の確保に著しい支障を及ぼすおそれがあること。
3.当該開発行為をする森林の現に有する環境の保全の機能からみて、当該開発行為により当該森林の周辺の地域における環境を著しく悪化させるおそれがあること。
「著しい支障」、「著しく悪化」とは表現が曖昧であり、数量的規制ではないこと、科学的論拠に乏しいと批判されることがありますが、許可基準が社会的規範である以上、そのような論議の重要性は少なく、社会的な規範としての意義を評価したいと思います。
開発許可の基準が社会的合意を得る最低基準である以上、人間社会として最小限守らなければならない社会的規範としての意義を重要視していくというベクトルが明確になり、背景としての地域の合意により開発許可の諸要件が具体化されることになると考えてよいと思います。地域によっては、条例を制定するなどによって、より厳しい規制が規範となることもありえるということです。
そして、地域の合意を進めるための施策の重要性が高まっているといえます。
〜「森林の多様な機能の持続的発揮」の明示〜
二組のベクトルのうちの後者、すなわち、「木材収益」と「多様な恵み」の対立ベクトルについては、平成12年12月7日策定の、林政改革大綱の中に明示され決着します。
すなわち、林政改革大綱において、次のとおり林政の転換を政府自らが宣言したものです。
「これまでの木材生産を主体とした政策を抜本的に見直し、国土保全、水資源かん養環境の保全等森林の多様な機能の持続的な発揮を図るための政策へ再構築し、他省庁の関連施策との連携を図りつつ、民有林・国有林が一体となって関連施策を推進する。また、情勢の変化に柔軟かつ的確に対応できるよう、行政組織の整備、財政措置の効率的・効果的な運用等を図る。」
この、「林政改革大綱」を受けて、平成13年森林・林業基本法の制定により、「森林の持つ多面的機能」の発揮が林政の大きな目的になることが定められています。
特に注目する点は、国や地方政府の責務はもとより、第9条に森林所有者の責務が明示されていることです。
(森林・林業基本法抜粋)
(森林所有者等の責務)
第9条 森林の所有者又は森林を使用収益する権原を有する者(以下「森林所有者等」という。)は、基本理念にのっとり、森林の有する多面的機能が確保されることを旨として、その森林の整備及び保全が図られるように努めなければならない。
森林所有者にとって一定の無理のない条件さえ整えば、多面的機能発揮のための森林管理が可能となる法的な根拠が与えられたことになります。「多様な価値」の実現にむけて「所有」者への規制ともとれますが、今日のように木材価格の長期低迷期には支援としても機能します。
そして、ここでも、森林管理の財源の確保と、その前提となる森林の多様な価値をどのように解釈するか、地域の合意を進めるための施策の重要性が高まっているといえます。
●おわりに
森林環境税が全国の都道府県で検討されている現在、明治の初頭以来、私たちが抱えてきた、森林管理のあり方に関する二組の相対立するベクトルの矛盾の解消にむけて、多くの人々の理解と協力をどう実現するかが、現在の課題となっており、当「森に親しむ研究所」の目的もここにあります。(完)
PS.この連載シリーズを継続してお読みいただいた方に、心から御礼申し上げます。
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