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ちょっとマイナーなテーマに感じられるかもしれませんが、日本人の精神文化の根源的なものと関わる大切なことである、と考えています。
写真は、当ブログ12月23日に掲載しました「高オカミ神社」から2kmほどの距離にある、千葉県四街道市南波佐間の、別の「高オカミ神社」です。
この付近は、標高20mから40m弱の台地に解析された「谷津」という地形が発達しています。
「谷津」は古くから水田に利用され「谷津田」と呼ばれています。縄文時代の遺跡も多く、古くから人々が棲んでいました。
谷津田の水源は、台地やその斜面の森林です。
四街道市の2つの高オカミ神社が興味深い点は、ほとんど標高の高さの違いが目立たない台地の起伏の中で、最も標高の高い38mと36mの二つの高台に、これら二つのの高オカミ神社があることです。
近接する湧水地の痕跡のある場所に、享保年間の弁財天(インドの川の神様)の石像も確認されました。
二つの高オカミ神社は、筆者が森林と高オカミ神の繋がりを始めて予感した場所です。
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連載シリーズ 水源の神々の系譜(その3)
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人物往来社刊の「日本『神社』総覧」巻末の「全国有名神社一覧」にある五千五百余の神社の主祭神別について見ると、上記の水源に関わる神々が祭られている神社は60社あり、特に、千葉県4社・岐阜県5社・静岡県7社・兵庫県4社・奈良県4社・広島県3社・山口県4社・愛媛県3社・高知県4社・福岡県3社など古くから農耕が行われた地域に多いと考えられます。
同じく「全国有名神社一覧」で見ると、高オカミノ神は全国に約300社の分社をもつといわれる貴船神社のほとんどで主祭神となっており、高オカミ神が主祭神でない場合も闇オカミ神またはミズハノメ神が主祭神とされ、貴船神社が祈雨止雨の信仰の神社として全国に広まりました。
京都の貴船神社の「貴船(キフネorキブネ)」の語源については、玉依姫(たまよりひめ)が「黄船」に乗って賀茂川を遡上し祠を建てたとのいわれがありますが、古くは「貴布禰」、「木生根」または「木生嶺」と記されており、樹木の茂った山そのものを意味するといえます。なお、貴船神社は818年以降、大和國吉野郡丹生村の丹生川上神社とともに「丹貴二社」と称され、朝廷から祈雨止雨の神社として奉幣をうけました。
筆者が、水源の神々の系譜が水源の森林を守る神にまで遡ることができるのではないかと具体的に考えたのは「貴船」の語源からです。
高オカミ神、闇オカミ神は対の信仰があるが同神であるという説もあり、クラは谷、タカは山峰をさすがオカミの語源は一般には不明であるとされています。
これについては、柴田治呂著「カムイから神へ」筑摩書房では、アイヌ語から日本語への変化する事例の一つとして、アイヌ語の「WOKKAUS−KAMUY(水を司る神)」が「WOKAMUY」、「WOKAMI」、「OKAMI」へ変化して日本語オカミが出来たに違いない。と述べられており、このように解釈すれば、オカミは「記紀」以前にアイヌ語を使う民族の「水の神」であったことになります。
アイヌ語では、アイヌは人を意味し、カムイは人の力の及ばない自然物や自然現象を意味するとされることが、オカミの語源を考えるヒントとなると思われます。
この話題を平成8年9月28日付け日本経済新聞の文化欄に提供したところ、森林(自然)と一体となった水源の神々の系譜は、日本列島での原住民族の精神文化にまで遡る根源的なものに繋がる可能性があるとの情報に全国から反響がありました。
また、この文章を掲載した「林業技術」の記事を契機に平成8年度林野庁のマンガ林業白書にも取り上げられました。
なお、以上に先立って「水源の神々を語る会」を、当時、(財)サンワみどり基金事務局長のS氏とともに、東京の大手町1番地三和銀行東京本部で発足させたのが、平成7年の11月22日(水)でした。
現在、中断していますが、全国のオカミに由来する市町村長によるオカミサミットの開催まで展開しました。
ミズハノメノ神も多くの神社で祭られていますが、主祭神ではない場合が多いといわれています。
天之水分神(アメノミクマリノカミ)は雨を、國之水分神(クニノミクマリノカミ)は川を司る神で、共に田の潅漑を司るとしており、各地の水分神社で祭られています。(つづく)
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