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2日前の、山武林業地の旧家の写真です
31年前、私は、林業をテーマとした企画を提案し学校の学園祭で実施しました
その際、訪れた、同級生の家です
この場所からの風景はそのままですが、当時の方が、周りの森林の量ははるかに多く、勢いも今とは比較できないものを感じました
その級友から、300年にわたるその家の系図を得意気に説明してもらったことがあります
大正時代に建てられた平屋の大きな家ですが、中に入るとその天井の高さに感心したことを覚えています
ケヤキの厚い一枚板の、広く長い濡れ縁も印象に残っています
障子の太く幅広い桟の一つ一つには、わずかな傾斜がつけられており、埃がたまりにくくなっていると、19歳の級友に説明してもらったことも覚えています
およそ300年前、当時、すでに農業の盛んなこの北総台地に、山武林業は成立しました
家の周りには屋敷林があり、さらに、薪炭林や落ち葉を肥料として用いた農用林を確保していましたが、このような林の利用を発展させて、マツやスギを植え、雨量の少ない風土に合った林業を成立させたのです
明治時代、山武林業の振興に全霊を尽くし、アララギ派の歌人でもあった蕨真が手本としたのは、美しい木曽ヒノキの林であり、理念は森林美でした
偶然、この時期に、ドイツで同様な考え方をしていたH・ザリッシュが森林美学を提唱し、林学という学問が成立したころです
山武林業の特徴は、このような農用林の発展形態としての集約的な林業、背戸山(せとやま)、マツとスギの2段林施業、平地林業、サンブスギというスギの品種を多く植えたことなどです
家の背後のスギの大木は、31年前の説明によると、そのとき二百数十年生とのことで、当時、傷のついた立木を1本八百万円で買いたいとの話があったが、断ったそうです。
背戸山の大木を売ることは、当時、その家が困っていることを表明することにつながると考えられていたとのことです。
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