無題

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  何百年も続いた織物産地として
 
  次の世代に伝えていくもの、伝えなければならないもの、伝わっていくものを思いながら
  意識、意思を超えたところで50年後、100年後の姿に何かを感じさせる もの が表われてくるの
  でしょうか。
   青梅織物をみれば縞から格子、格子から柄、柄から縞、縞から格子と時代とともに意匠は変化を
  見せています。
  古い建物の中に仕舞いこまれている もの の整理をしております。その中に一番新しい夜具地が
  というより反物がありました。洋服や着物や洋布団に使ったら今の時代に合うような気がいたします。
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織子さんの話

 女工さんでもなく従業員でもなく織子さんと呼ばれていた人たち
 
 夜具地の保存と伝承に関わって丸7年が過ぎました。この間、大勢の人に
 会い話を聞いてきました。しかし、織機の前に立ち織物を織っていたと言う
 方々から話をきく機会はなかったと思います。工場主の方は別にしてもー.。
  今回聞き書きを行うことになって始めて織子さんと呼ばれていた方の話をイメージ 1
 聞くことができました。東北から15歳の時集団就職で青梅に来たこと、そして
 故郷に帰ることなく50余年の年月が過ぎたこと、今になって思えば、楽しかったこと、
 嬉しかったことを思いだします。と言う言葉で話は終わりました。
 
 

二ヶ月が経過しました

 
  青梅市市民提案協働事業のスタートから早二ヶ月、この間できた事はー。
 
  夜具地がどのような経過をたどって昭和を通り過ぎていったのかそれを
  知りたいと思いました。青梅の町に大きな機音を響かせていたことなど今では
  思い出す人もいないでしょう。織物という物づくりに取り組んだ人々、多くの資金を
  この産業にかけたこと、日本中の人々がこの布を求めたこと、骨董やの店先に
  端切れが見え隠れしていることなど。
 
  もし、誰かが夜具地のことを知りたいと思った時、私たちはその問いに答えることが
  できるでしょうか。
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資料の中に埋もれて

  夜具地との付き合いは結構長い期間になります。
 
  資料を読み続けていれば情報は集まるのですが、また新しい疑問が
  わいてきます。どのように整理をしていけばいいのかここで途方に暮れています。
  自分が知りたいこと、どうしてこのように?たどって行く道は右?左?などなど、誰かの
  アドバイスが欲しいところです。
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蝉しぐれのなかを

   
   博物館は蝉しぐれのなか、まだ来館者もなく資料室の二人だけでした。
 
   夜具地、糸、原図のみで書き付けた書類的な資料はありませんでした。
   話に聞いていた縞夜具の原図、昭和6,7,8年と束ねて保存されております。
    
   美術間に回り、市民会館、商工会議所と展示会のチラシをおいて来ました。
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