Sing a song

一緒に眠った。あなたの隣で目覚めた。幸せだと思った。

First Story

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 流れていく日々のワンシーン。
  
   小さな私の世界の中に
    
    大切にしまっておこうと思った。
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first story 7

「啓介も来たんか!今日は野球やからちょうど良かったな!」
 
ガハハと笑いながら啓介の頭を撫でた原野さんに啓介は嬉しそうに頷いた。
 
「和人!お前遅刻やぞ!」
 
原野さんは笑顔のまま安西先輩に声をかける。
 
「へいへい」
 
安西先輩は原野さんにぶっきらぼうに返事をしてストレッチを始めた。
 
 
威勢のいい掛け声や笑い声はグラウンドが薄暗くなるまで続いた。
 
私は野球には詳しくなくて、合間に持っていた本を読んだりして過ごしていた。
 
「くっそー」といいながら隣に座った安西先輩の声に驚いて顔を上げるとシャツが泥だらけになっていた。
 
「頑張って走ったのにアウトになるわ、散々だわ。やっぱ駄目だね。年取ると身体も鈍くなる」
 
先輩はそんなことを言いながら手に持ったタオルで汗をぬぐっていた。
 
持っていたスポーツドリンクのペットボトルを手渡すと、「あんがと」と呟いてくしゃりと笑う。
 
「お疲れ様です。先輩ってやっぱり足早いですね」
 
「んーそう?まあでも足のケガもだいぶ落ち着いたしな。一番ケガしちゃいけないときにケガしちゃったけど。今ならいくらでも走れるのにな」
 
少し切なそうな表情の先輩をみて何だか悪いことを言ってしまった気がした。
 
「でも先輩、退部した後もいつも明るく振舞ってましたよね」
 
「いやまあ結構無理してたんだよ、あれでも」
 
「先輩って自分の事いつも後回しにして、周りの事ばっかり気にしてますよね」
 
「え、そう?お前にはそんな風に見えてんだ、俺」
 
「だって本当は一番悔しいはずなのに、『ごめんなあ、俺のせいで』って野球部の心配ばっかりして、暗い空気にならないように明るく振舞って」
 
「お前なあ、そんな昔のことを」
 
「そういう先輩きらいじゃないです」
 
先輩の言葉を遮って勢い余ってつい余計な言ってしまった。
 
そう気づいて思わず顔を伏せると頭に何かが置かれたのを感じた。
 
先輩の手だった。
 
そのまま二度ポンポンと軽く頭をなでられて先輩の優しい声が聞こえた。
 
「ありがとう」
 
ふいに顔を上げて先輩を見ると、そこにはとても優しい表情をした先輩がいた。
 
心臓が止まりそうだった。
 
「おーい!和人!香奈ちゃん!そろそろここ出るぞー」
 
原野さんの声で我に返ると「よっし、帰るか」と先輩が明るく呟いた。
 
立ち上がって出口に向かう先輩の背中を見ながら未だに自分の速い鼓動を感じていた。

First Story 6

安西先輩の目の前に置かれたお皿にはトマト色のソースがいくつかの線を描いたまま残っている。
 
あっという間に食べ終えてしまった本人はコーラの入ったグラスを持ったまま外を眺めている。
 
「和人さん」
 
啓介はもう待てないという風にさきほどからしきりに先輩に視線を投げかけていた。
 
「あー分かった分かった。なら行くか」
 
財布を取り出そうとすると先輩に制された。
 
「いいって。俺今日お前におごるっつって約束してたろ?」
 
「でも・・・」
 
「啓介ぇ、お前ちょっとは落ち着け!」
 
会計を突っ切ってドアを押し開けた啓介に先輩が叫ぶ。
 
その声ににんまりと微笑み返してすばやく外に出て行ってしまった啓介に二人で苦笑した。
 
「あいつ、なんだかんだいってまだ子供だよなぁ」
 
「あはは、可愛いったら」
 
「んでお前、なに?俺におごられるのヤなの」
 
一瞬だけ迷ったがここはありがたくおごってもらうことにした。
 
「そんなとんでもない。先輩ごちそうさまです」
 
「お、なんかやけに今日は素直だな」
 
「だって約束わすれちゃったし」
 
「忘れたら素直におごられるのか」
 
自分からいったくせに。
 
ぶつぶつとつぶやきながら濃いグレーの財布を開く先輩をみて可笑しくなる。
 
本当はどうせなら一緒に食べたかったのだけれど今回ばかりは仕方がない。
 
また次の機会に期待しよう。
 
楽しみはまだ先までとっておこう。
 
 
グラウンドにはだいぶ人が集まっていた。
 
準備体操の掛け声が聞こえてくる。 
 
野太い声はきっと安西先輩の親友の原野さんだろう。
 
「いーっちにーさーんしー」に続いて数名が「いっちにさんし、ごーろくしちはち」と繰り返す。
 
啓介が大きな後姿に向かって「原野さーん」とかけていく。
 
やはり原野さんらしい。彼はがっしりとした体つきでいつもガハハと笑う。
 
明るくてとても頼りになる人だ。
 
彼には幸さんというすごく美人な彼女がいる。
 
幸さんはこのサークルに入っている女子大生の四人のうちの一人だ。
 
彼女はいつもしとやかで優しい。長くて艶のある髪を腰の辺りまで垂らしている本当に綺麗な人だ。
 
「なんで原野さんの彼女なんだ」というのがサークルのメンバーの口癖。
 
そして安西先輩は幸さんが好きだ。
 
私には到底適わない。

first story 5

電話を切ってから10分もしないうちに彼はやってきた。
 
淡いグレーのセーターに真っ黒なスラックスという服装はいつもよりも先輩の雰囲気をやわらかくみせている。
 
「お、啓介。お前大きくなったな」
 
安西先輩がにっ、と口を横に引けばえくぼが浮かび上がるその顔は真冬にも関わらず日に焼けている。
 
そういえば先週スキーにいってきた。と言っていたような気がする。
 
「和人さん、こんにちは」
 
先輩と対照的に真っ白な肌の啓介は確かに最近また背が伸びたのかもしれない。
 
「香奈ちゃん、これからどっかいくの」
 
「あーうん。ごめん。今日ちょっと約束してたの」
 
「約束?」
 
和人さんと?、とつぶやいて先輩の顔を見た啓介は
 
瞬きをするたびに長いまつげがぱたぱたと上下に揺れる。
 
「うん。だけど私が忘れちゃってたの」
 
「ほっんとになぁ。まったくだよなぁ」
 
先輩がわざとらしくため息をつくと啓介はびっくりしたようにこちらを見る。
 
「香奈ちゃんが和人さんとの約束わすれたの」
 
珍しいね。
 
ぽそりとつぶやいた啓介の一言にどきりとする。
 
啓介は、知っているのだろうか。
 
私の気持ちを知っていて、それで静かに指摘してくるのだろうか。
 
「啓介、お前も一緒に来んか?」
 
「サッカー?」
 
「んや、今日は多分野球」
 
野球と聞いてぱぁ、と啓介の表情が明るくなる。
 
安西先輩は元々野球部に所属していた。
 
部には大きな期待を背負った新入部員として迎えられ、
 
高校二年の秋ごろまでは常にレギュラーで大活躍していたのであるが、足の故障を理由に部を離れてしまった。
 
私が高校に入学したころにはすでに校内でも有名人になっていた先輩にとってその挫折は
 
本当に大きいものだったと思うのに彼は陰りをけっして見せない。
 
今では大学のサークル仲間と週末にスポーツを楽しんでいる。
 
そのサークル仲間とするサッカーや野球が啓介はとても好きなのだ。
 
特に野球は啓介の得意分野で年上の男たちと走り回るのは本当に楽しいのだと
 
以前話してくれたことがある。
 
これが目的で前から啓介はよく週末に私のアパートに遊びに来る安西先輩とその友人たちに会いにきていた。
 
「やったあ。行きます、和人さん」
 
嬉しそうに笑う啓介を見ているとこちらまで嬉しくなってくる。
 
いそいそと出かける準備を始めた啓介を、ちょっと待て、と先輩の声が制した。
 
「待て、俺何も食ってないんだわ。ちょっと食ってからでいい?」

first story 4

私が食べ終わるのを待っていた啓介がもごもごと口を開く。
 
けれどその声は周囲の雑音に紛れ消えてしまう。
 
「ごめん。よく聞こえなかった。もう一回言って」
 
「香奈ちゃんはどうして大学にいこうとおもったの」
 
「どうしてって言われても」
 
考えたことがなかった。
 
高校3年の秋、周りの人間が次々に進路を決めていく中で
 
私はその場を動けずにいた。
 
高校を卒業してしまったあとは何をすればいいのだろうか。
 
毎朝決められた教室の決められた席にすわり、決められた仲間たちと
 
あまり内容のない話をし、決められた先生が黒板に書いていくことを夢中でノートに写し
 
無理やり頭の中に押し込む。
 
そういう生活は確かにつまらないものだったけれど安定していた。
 
そこならみんなで同じ位置にいれるし、競い合うといったってどうせ同学年の生徒たちばかりで
 
枠はとても狭いのだ。
 
その安定した何かから切り離されるまでのカウントダウンが急に始まったような気がした。
 
でもそれは全くの嘘で、自分ははじめから安定のなかにいたようで実はそうではなかった。
 
学校なんて自分がそこにいなくてもちゃんとあって、私はその安定に入りきれてはいない。
 
自分が毎日触れている机やイス。教室や窓。先生や友人。
 
これらはみんないつかは自分から離れていく。
 
自分が離れるわけではなく何かによって切り離されてしまう。
 
そのことに気づき始め、急に不安になったのはまさにこのころだった。
 
そして私の不安は平凡な結論に至ったのだ。
 
大学という団体にもぐりこめばまた同じ安定が得れるのだ、と。
 
だからみんなと同じように必死に受験もして受かった大学にいそいそと乗り込んだのだ。
 
いつかはどこかの駅に降りなければならない大学という電車に乗り換え
 
私は今、最終の駅に辿り着くのを恐れている。
 
「香奈ちゃん」
 
啓介の声にわれに返った私はどうも気恥ずかしくなった。
 
「あ、なんで大学に入ったか、だったっけ」
 
照れ隠しに何も用のないバックの中をまさぐる。
 
「そうだけどやっぱりいいや」
 
その啓介の沈んだ声に顔を上げかけてはっとした。
 
「安西先輩」
 
「何?」
 
「ううん、なんでもない。ねぇ、ちょっと電話してきてもいい?」
 
「いいけど」
 
すばやく立ち上がり携帯を取り出す。
 
先輩は確か「日曜日に」と言ったはずである。
 
しまった、とため息をつく。
 
いつもの癖でメモをしておかなかったせいで、先輩との約束を忘れてしまった。
 
番号を押す指が引きつっている感じがした。
 
呼び出し音が甲高く鳴り出し、重い気持ちがますます重くなっていく。
 
「・・・はい」
 
突然途切れた機械音のあとにふてぶてしい声が聞こえてきた。
 
「先輩、ごめんなさい。私」
 
私の言葉を遮って彼は笑い出だした。
 
「おっ前またメモし忘れたろうが。いつも言ってんだろ、メモしとけよっつってさぁ」
 
「うん。ごめんなさい」
 
「今どこよ?」
 
「カフェ」
 
「はぁ?人が腹空かせて待ってんのにカフェだとぉ?」
 
「ごめんなさいっ。実は今啓介も一緒で」
 
「ああ、あいつまだいんだ、お前んとこ」
 
「うん」
 
「あぁ、じゃあいいよ。俺が今からそっちいく。お前たちに会いいくよ」
 
   お前たちに会いいくよ
 
先輩のこういう言葉がとても好きだ。
 
何気なく発される特別な言葉を聞けるのは私だけの特権だと思いたい。
 
自惚れだと言われてしまっても。
 
電話を切っても手のひらから胸のあたりが熱くて
 
啓介の所に戻るのに戸惑ってしまった。
 
そういう自分が案外嫌いでもないと少し嬉しくもなった。

first story 3

啓介は靴がずらりと並べられている棚を長い時間、飽きもせずに眺めている。

「いいのない?」

彼は首を横に小さく振って棚をみつめたまま

「逆だよ。いいものがありすぎて迷ってる」

と苦笑した。

今日は客が多いのか店員の女性が忙しそうに走り回っていた。

それを見てぼぅっとしている自分が少しだけ恥ずかしくなった。

結局彼は全体が黒で統一されたものを選んだ。

その靴は細い足によく合っていた。


靴屋を出てから近くのカフェで昼食をとることに決めた。

ドアを開けると頬に熱い空気が触れる。

ここの店は美味しい、と以前聞いたことがあった。

店内はレンガの壁が広がっていてぼんやりとした明かりを抱えているランプが

天井から吊り下がり、透き通ったビリジアンの瓶が並べられている。

英国のパブのような雰囲気だ。

隣の席で高校生くらいの女の子たちが楽しそうに話していて

一瞬こちらを探るような視線を投げかけてきたけれど

慣れていて気にならなかった。

小学生の男の子と女子大学生が二人でいれば当たり前だ。

啓介がグラタンを注文したので同じのを頼むのも気が引けて

わざと違うものを頼んだ。

じきにそれらは湯気を揺らして運ばれてきた。

私たちはそれぞれのお皿に手をのばす。

「外食なんて久しぶり」

「うん。僕もこういうところはあんまり来たことない」

「美穂さんに連れていってもらわないの」

「母さんは家で食べるほうが好きだから」

「そうなんだ」

啓介は頷いてから大皿のグラタンをあっという間に平らげてしまった。

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