Sing a song

一緒に眠った。あなたの隣で目覚めた。幸せだと思った。

Gateau chocolat

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辛いことも

 哀しいことも

  抱きしめて生きていきたい

せっかくこの世界に生まれてきたのだから。


**Love Storyの続編** 
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Gateau chocolat

ずいぶん長く話し込んでしまった。

出勤時間よりずいぶんあとに滑り込んだ社内はもうすでに

同僚たちが忙しそうにデスクに向かう音で溢れていた。

それでもありがたいことにまだあの厳しい上司様がまだ来ていなかったおかげでどうにかお叱りは免れた。

いつもより少し多い残業を後輩の木村君と片付けたころにはもうとっくに11時を回っていた。

詩織さんの今日は店の営業が早く終わるという言葉から今晩一緒に飲もうということになって約束した

駅前の居酒屋に入りビールをひとつ注文した。

しばらくすると詩織さんが今朝と同じ格好でやってきた。

「お疲れ様です。お店終わりました?」

「うん、遅くなっちゃってごめんなさい」

「いや、いいですよ。俺さきに一杯やっちゃってますけど」

「美味しそうだねそのビール。あたしも飲も」

すみませーん、なつかしい声が店内に響く。

生ひとつ。はいよ。

居酒屋独特の短い会話が交わされるとそれだけでアルコールに酔ったようないい気持ちになる。

ふわふわした髪が前よりも少し明るい色になっている。

染めたのかもしれないな、と思ってみていると彼女と目が合った。

年はだいぶ上なはずなのに目の前にいる相手はとても若く見えた。

ふんわりと笑いかけるのも昔とさほど変わってはいない。

それなのに向こうはこちらの考えとは反対のことを言い出す。

「いいねえ、若いって。あたしも戻りたいなあ祥平くんの年に」

「そうですか。そんなかわんないでしょう?」

「全然変わるよお。20代と30代なんてほんと天と地の差なんだから」

「じゃあ俺はいつまでたっても詩織さんにとっては子供ですか」

「ううん、いつまでたってもきれい。なんていうのかなあ、汚いあたしが触っちゃダメみたいな感じ」

「そんな」

「うそ、触っちゃう。若いパワーもらっちゃう」

詩織さんはけらけらと鮮やかな色の色鉛筆が転がるみたいに笑いながら

こちらに触れてきた。

一杯のビールがいつも以上にまわってしまっている気がする。

こちらに触れた手を掴んでじっと向こうを見つめると真剣な視線が帰ってきた。

「だけど俺はあの時本気でしたよ」

「あたしも負けちゃいそうだった」

「負けるってどういうことですか」

「中学生の祥平くんにキスされて、嬉しいって思ったの。このままこっちが押し倒しちゃえって」

おかしくなって今度はこちらがすこし笑ってしまう。

手を解くと彼女の声が少しだけ軽くなった気がした。

「でもねえ、さすがにそれは悪いじゃない。中学生におばさんの相手させちゃだめでしょ」

「そんなたった9つ違いなだけで」

「9歳って大きいなあって思うの。現にほら、祥平くんとあたし、なんか年の離れた兄弟みたい」

天井につるされたぼんやりとした明かりの下でふたりがお互いを初めて真剣に見つめた。

その瞬間を誰かに悟られるすきも無く、向こうの視線はこちらに絡まってからすぐに手元におかれた

ビールに向かった。

テーブルにジョッキを置いた男は前掛けで手を拭きながら口を開いた。

「おまたせしてすみません。どうも今日はずいぶん混んじゃって」

「あ、ありがとうございます。大変ですねえ。

 厨房のほうもお忙しいでしょう?」

「そうなんですよ。あっちが一番忙しいですから。アルバイトの子も頑張ってくれてますよ」

「幸子さん今日もいらっしゃるんですか?」

「ええ、いますよ。家内もだいぶ体に負担きてますからあまり無理するなっていってるんですが。

 まあ夫婦一緒にここまでこれただけ感謝ですよ。あ、詩織さん、今日お好み焼きやってますよ」

「わあ、嬉しい。幸子さんのは世界一だから」

「おふたつで?」

「お願いします」

「あいよ!」

威勢よく去っていった初老の男の後姿を見送りながら、ビールをごくりと飲み始めた詩織さんに話しかける。

「ここ、よく来るんですか」

「うん。ここのお好み焼きが好きなの。祥平くんも食べてみて」

「誰と来るんですか」

嫉妬心を隠せない自分が恥ずかしい。だから子供っていわれてしまうのか。

「あはは、やだなあ。ねえねえ、祥平くんって妬きもちやきでしょ。彼女は嬉しいんだろうなあ、

 祥平くんみたいな人に妬いてもらえるなんて」

「大丈夫ですよ、俺ちゃんとその子のこと愛してますから」

「もう、妬けちゃうなあ」

楽しそうに笑いながらビールを飲み干す詩織さんからそっと視線をはずす。

たったさっきまで『彼女』のことが頭になかったなんてそんなこといえるはずがない。

今日は彼女の誘いをわざわざ断っていたのに、詩織さんとなら飲みにでも、なんて

思ってしまった自分が正直分からない。

いままであれだけ美月を大切に思ってきたはずなのに。


どんなに可愛い職場の後輩をみても揺らがなかった心が

すこしずつ動こうとしていることに

本当は気づきたくなかった。

急に動き始めてしまったら

それは誰も止められないくらい加速してしまうなんて

そんなこと誰が

知るんだろうか。



Gateau chocolat 3

ホームで次の電車を待っているらしい彼女はこちらに気づかずに長いまつげをパタパタと上下に揺らしている。

「詩織さん!」

声が大きくなってしまって少し恥ずかしい気もしたがそれどころじゃない。

ここで声をかけなければ一生話せない気がした。

驚いたようにこちらに向けられた彼女の顔は相変わらず雪のように白かった。

「祥平、くん?」

前みたいな桃色ではなくて少し濃いワインレッドのぽってりとした唇が小さく動く。

「お久しぶりです」

「あ、えと、はい。お久しぶりです」

詩織さんはまだ驚いているようで長いまつげを先ほどよりもずっと速く上下にパタパタと揺らした。

そしてすぐにまたいつもの穏やかな笑みを浮かべた彼女に昔の感情が少しずつ戻りつつあるような気がした。

「おっきくなったねえ。もうすっかり大人の男って感じ。びっくりしちゃった」

「そうですか?詩織さんもまた一段と色っぽくなりましたね」

あはは。と彼女は笑って俺の左腕を軽くはらった。

「お口までうまくなっちゃって。そんな風にいろんな子を口説いてるんでしょう」

「いやあ、こうみえても彼女いるんでムリですよ。あんま遊ぶと痛い目あうから」

そっかあ、彼女、いるんだね。それはそうだよね。

うん。と勝手に納得している詩織さんは昔と比べてずいぶんと雰囲気が変わってるような気がした。

「どこいくんですか、これから」

何気なく聞くと彼女はまたにっこりと笑って口を開いた。

「子供、迎え行くの」

その言葉を聞き返すことなんかしない。

彼女も新しい家庭を持ったのだろう。夫や子供の一人や二人はいるだろう。

でも

「変だな。なんで朝子供を迎えにいくんですか?」

子供を『送っていく』じゃなくて『迎えにいく』なんて。

「仕事中は預けてるの、由美子さんの親戚のおうちに」

「ばあさんの?ばあさん元気してますか?」

「うん、それがね、ちょうど3ヶ月前になくなったの」

あのばあさんが亡くなった。

まあいい年だったし前にもなんどか体調を崩してたけど、まさか。

浮かんでくるのはあの人の元気な姿ばかりだった。

「入院してたでしょ?実はね、あの頃からいろいろといわれてたの。由美子さんの癌は進行性だったから

 お医者さんに半年持つかどうかって。だけど由美子さん本当に強い人だから宣告された余命より

 ずっとずっと長かったよ」

「そうですか」

彼女があまり寂しそうでないところを見るとばあさんもそんなに苦しまず、

最期は安らかだったことがなんとなく分かった。

「でもさ、こうやって祥平くんがこんなに立派な男の人になってるんだもんねえ、

 やっぱり由美子さんも長生きしたってことだね」

「ほんと、そうですね。

 仕事って事はもしかして詩織さん、まだばあさんの店やってるんですか?」

「もちろん。大好きな場所だもの」

「へえ、今度遊びいってみようかな」

「おいで、おいで。お客様としておいでよ。従業員はもう足りてるから心配いらないよ」

「新しい子雇ったんですか?」

「そう、可愛い子いるからおいでね」

「はは、そうですね。じゃあぜひ」

「うん。嬉しいなあ。祥平くんがきてくれるならいーっぱいサービスしちゃおう」

子供みたいな表情になってはしゃぐ詩織さんは昔のままだった。

「子供さん、何歳なんですか?」

「もう3歳になるよ。甘えん坊で困っちゃう」

「へえ、でも子供がいるのにあの店で働くの結構難しいんじゃないですか」

一瞬彼女の表情が曇ってしまった、と思ったのに何も無かったかのように明るい声が返ってきた。

「そうだね。それにもしかしたら寂しいかもね、向こうは。でもほら、仕事は私の生きがいだもん。

 だからできるまで続けたいなあって。生きてるうちはね」

Gateau chocolat 2

満員電車は嫌いだ。

そんなこと誰もが思っているのは百も承知だがやっぱりそう呟きたくなってしまう。

どうしてこう人間というものはそれぞれが違う匂いを持っているんだろうか。

「同じ生き物なのになあ」

わけの分からないことを口にしてみたら、隣にいた定年間近くらいの年齢の男が

こちらをちらりと見て眉間にしわを寄せた。

今日は朝から恋人の誘いを断ってしまったりなんかして、なんだか気分がすっきりしない。

普段の優しい課長に代わって新しくやってきたあの厳しい上司が会社にいることを思うと

もう歩くのも嫌になってくる。

どうもダメだ。

学生の頃は生きるために一生懸命働いていくんだとずっと思っていた。

だけど今はいくら朝早く起きて会社に通ってもなんのために生きるのかが分からない。

俺はなんのために生きてるんだろう。

そんな夕日に向かって走っていく高校生みたいなことを考えてみる。

だけどいつだって答えは分からずじまいだ。

ただ毎日が過ぎていくのだ。

時計の針が安定したリズムを刻んでいくのと全く同じスピードで。

そんなことを毎日ぼんやり思いながらこの電車に揺られるのもいつまで続くのか。

ぼやけた意識の中で車掌の声が聞こえた。

はっとわれに返るといつもの駅に着いていた。

しまった!乗り過ごす!

慌てて人を掻き分けプラットホームに両足がついた瞬間、後ろでドアが勢いよく閉まる音がして

背筋が凍りそうになった。

ぎりぎりのところで車両のドアに挟まらずにすんだ。

我ながらいい反射神経を褒めてやる。

だが今度は右手のルミノックスを見て唖然とする。

電車に乗っている間なんどか人身事故とかなにかで電車が止まったりしていた気がしたが

ここまで時間をくっていたなんて。

とりあえず走ればぎりぎり間に合うかもしれない。

走ろう。

そう構えたときだった。

見覚えのある横顔がぶつかりながら流れていく人と人の間から見えた。

「詩織さん」

その名前を呼ぶのは久しぶりだった。

Gateau chocolat 1

「おはよー」
 
「ん、ああ」
 
恋人の声に軽く相槌をうってから、ふぁぁとひとつ、
 
おっきいあくび。
 
「ちょっとー。せっかく朝から話してあげてんのにあくびしないでよ、祥平」
 
受話器から漏れてくる大声に耳がガンガンする。
 
「あー、朝からそっちがかけるからだろ」
 
「いいでしょ。ちょっと祥平の声が聞きたかったんだもん」
 
さっきとは違う甘ったるい声も起きたばかりの耳にはガンガンと痛みを投げ込んでくる。
 
「それで、なに?」
 
「あのね、今日は早く退社できそうなんだ」
 
「へえ」
 
「だーかーらー祥平くん」
 
「なん?」
 
「ホテル、ね、いこ?」
 
「あー、そーなんだ」
 
「なによ、それ。こっちはなかなか会えないからすっごく寂しいのに」
 
「いや、わりぃ。俺さ最近まじで忙しいんだわ。課長はポリープ見つかったとかで急に入院するわ、
 
 そのせいで俺らの仕事量は大して変わらねえのに、なーんか厳しいボス来ちゃって残業増えるわ、
 
 あんさあ、ほんと悪いけど今は無理なんだよ」
 
「今っていつぐらいまで続くの」
 
「いやあ、わかんねえなあ。しっかし、お前もアレだよ?ポリープとか気をつけろ?
 
 緊急入院しちゃ周囲の人間にめっちゃ迷惑がられるぞ」
 
「もう、知らない!」
 
ブチリと切られた電話を見てから苦笑する。
 
少し彼女に甘えすぎだろうか。
 
どんなに冷たく引き離しても機嫌を直せばまた、いつものように温かい頬をこすりつけてくれると
 
そんな風に考えて甘えてしまうのだ。
 
彼女とはいつもそんな感じだから、いつか向こうが別れを切り出してきても仕方ないと思ったりも、する。
 
最近忙しい、というのは本当だ。
 
課長の入院だって本当のことだ。
 
でも昔ならどんなに忙しくて時間がなかろうが、どんなに寝不足で疲れていようが
 
ホテルでも彼女の家でもすっ飛んで行った。
 
彼女に夢中で彼女を抱くことしか頭になくて、いつだって彼女が中心だった気がする。
 
でも今は少し冷静になった自分がいる。
 
決して彼女を好きでなくなったわけではない。
 
ただ、一緒にいる時間が長すぎるのかもしれない。
 
彼女のことは中学生のときから知っている。
 
当時は自分の親友と付き合っていると聞かされていていて、いつも親友と自分の間に入ってきては
 
しつこく話しかけてきた。
 
高校2年くらいにその親友が他の女の子と歩いているところを見て、
 
初めて彼女が俺に想いを寄せていたことを知った。
 
「美月ちゃんはさあ、ずっとお前が好きでお前と仲のいい俺に相談してきたんだよ。
 
 そんで俺と一緒にいたらお前ともいれるんじゃねえのって言ってやったんだ」
 
そのときの親友の顔はいまだに覚えている。
 
なにもかもにこだわらずに生きるそいつは、2年間彼女が隠し続けてきたことを
 
簡単にぺらぺらと喋った。
 
そのおかげもあってか俺たちは自然と付き合い始めた。
 
付き合ってからすぐキスもしたし、何ヶ月後かには互いに初めての異性の体を知った。
 
今では相手の存在が空気のようなものになっている気がする。
 
あることをはっきりと感じるわけではないけど、なくては困るもの、そんな感じだ。
 
でもそういう関係に彼女はたまに不満を漏らすこともある。
 
俺たちはこれまでの付き合いの中で二人だけだったわけではない。
 
こちらもそうだが、きっと言わないだけで向こうだって何人かは別の相手がいたはずだ。
 
だけどやっぱり最終的には戻ってくるのだ。
 
昔からの色あせたこの繋がりに。
 
 
安いインスタントコーヒーをカップに注ぎ、
 
昨夜コンビニで買ってきた惣菜ぱんを頬張る。
 
そろそろビデオを返さないとなあ、と考えながら床に散らばっていた雑誌をひとつ手に取る。
 
そこには白い水着をきて体をくねらせポーズをとっているグラビアアイドルがうつっている。
 
「いやらしいオッサン、なったら駄目だよなあ」
 
そうつぶやいてはみるものの、顔が緩んでしまう。
 
よっこらしょ、と立ちあがってゆがんだままのネクタイも放ったまま
 
ひんやりとした廊下に足をつける。
 
少し硬い靴を履いて玄関を出てから鍵をかけた。
 
くしゃりと頭をかいてから歩き始めると寒さが身にしみてくる。
 
もうすぐクリスマスだ。
 
美月にもそろそろ何か買ってやらなければ。

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