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星が綺麗に見えてくる季節となりました。 仕事の帰り、夜空に雲がかからない日は空を見て帰ります。 東京の夜空はあまり星が見えません。 それでも3等星ぐらいまでなら見えるみたいです。 さて、夜空を眺めるといつも思うことがあります。 それは僕が子供の頃から思うこと。 「なんで僕は人間に生まれたのだろう。」 哀愁が漂うマイナスな疑問に聞こえるかもしれません。 「そんなこと思うのおかしい」と思う人もいるかもしれません。 でも、僕は不思議に思うのです。 星を見ると、「この星の輝きは、この星にとって何億年前の星の光がこの地球に届いている」 ということを考える。 今の時間と同じ時間をその星は輝いているわけではないんです。 地球に届いた星の輝きは、実は地球で生命が誕生した頃に輝いていた光が何億年もかけて地球に届いている。 すごく不思議な気持ちになります。 と言うことは、今この時間にその輝いている星はもう爆発してなくなっているかもしれない。 今日またこの地球に新しい星の光が届いたかもしれない。 考えれば考えるほど時差と言うのは混乱してしまう。 4次元の世界と言うのは今現在のことしか事実性が無い。 過去の世界は人の記憶、字の記録などは存在しても全ての事実再現は無理。 今を生きている人間である自分は前世があるとしたら、何だったんだろう。 何で現世では人間に生まれてきたんだろう。 僕の意識(魂)がこの身体に宿っていることが不思議に思う。 この感覚が親にもある。 兄弟にもある。 友達にもある。 先生にもある。 親戚一人一人にも、すれ違う人にもある。 不思議に思う。 ならばもしかしたら父親の体に自分の意識(魂)が宿っていたかもしれない。 母親の体に宿っていたかもしれない。 兄弟に宿っていたかもしれない。 もしかしたら猫だったかもしれない。 もしかしたら犬だったかもしれない。 動物園で飼育されるライオンだったかもしれない。 夏に嫌がられる虫だったかもしれない。 雑草だったかもしれない。 今は人間として現世で生活しているのが事実だけど。 命あるもの全てになり得た可能性もあったかも。 そう思うと何億光年も離れたところで輝いている星からミジンコまでいとおしい気持ちになる。 こんなことを小さい頃から感じてこれたのは、この病気を得て生まれたからかもしれない。 「やりたい」気持ちと「できない身体」で魂と身体が分かれていると感じている。 全ての人がそういう感覚ではないとも思う。 でも人の気持ちを考えるってこんな感覚に触れているのではないかと思う。 書いていていつもまとまらない。 考えていることがうまく表現が出来ない。 でもこれが人間が「考える」ということなのかもしれない。 読みにくい点、表現がある事をお許しください。 読んでくれて有り難うございます。 |

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