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東京青山の骨董通りから1本入ったところにある「岡本太郎記念館」
「芸術は爆発だ〜〜〜〜ぁ」や「太陽の塔」
岡本太郎氏のアトリエ兼住宅を改装して造られた記念館です。
小学生の頃、岡本邸の玄関外に色のついたタイルが並べてあって、
学校帰りに、頂いて帰った友達もいました。懐かしいです・・・
館内は、サロン・アトリエ部分と展示室、庭にも無造作に作品が置かれています。
館内外の写真撮影もOKで、案内のお姉さんがカメラをお持ちでしたら、お写真をどうぞ(^^)って、
言って下さいました。
アトリエはル・コルビジエ(上野の西洋美術館の設計者)の弟子だった板倉準三が
設計されたのだそうです。
記念館の敷地に足を踏み入れた、その瞬間から、TAROワールドが広がります。
それもそのはず、
記念館の前に広がる庭にも、TARO作品がたくさん無造作に置かれいて
それぞれの作品がパワーを
発しているのでした。
いろんな植物の間に、陰にといろいろ楽しい。
外にある作品は、触ったり座ったりOKです。
太郎さんが暮らした
50年分のエネルギーが
今も充満しているのです
階段を上がると、そこは企画展用の展示スペースが2つ。
1回に展示される作品は30点程度と決して多くはないと思いますが、
独特の作品が、迫ってきます
今回は、TAROさんのデッサンを何点か見ることが出来ました
若いころには、本の挿絵も描かれていたのですね。
アトリエのように公開されている部屋には
数え切れないほどのカンバスが立てかけられていました。
いつか、これらの画を見せていただけることもあるのでしょうか・・・
近くに住んでいながら、一度も訪れることがなかったTAROさんでしたが、
プールの仲間たちに誘われて、伺ってよかったです。
不思議なパワーを注入して頂けました♡
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美術館・博物館
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ワシントン・ナショナル・ギャラリーより、
印象派とポスト印象派の傑作
(日本初公開作品約50点を含む全83点)が
紹介されているといことで
「ワシントン・ナショナル・ギャラリー展」へ。
(東京は、9月5日まででした)
12世紀から現代までの世界有数の西洋美術コレクションで知られるこの美術館は、
アンドリュー・メロンという一人の男性の壮大な夢と情熱で創設されたのだそうです。
1890年代末には、ロックフェラー、フォードらと並んで
アメリカを代表する大富豪となった人物だそうです。
出品作品の約半数は、創設者アンドリュー・メロンの遺志を受け継いだ娘のエルサ・メロン・ブルースと、息子ポール・メロンのコレクションに帰属するもので、
同美術館の心臓部ともいえるこれらの作品が、これほどの点数でまとまって館を離れるのは
極めて稀なことです。
一人の実業家のロマンと憧れ、そしてその精神を受け継ぐ美の殿堂。アメリカの首都が誇る
珠玉のコレクションを、どうぞご堪能ください。 館長ご挨拶
展示室に入って1番最初に目に飛び込んできたのがこの絵
《ルー川の洞窟 》エドゥアール・マネ
写真でも、陰影の描写が好きな私には、
光と影、そして闇、巨大な洞窟の描写がとても衝撃的でした。
ピエール=オーギュスト・ルノワール《踊り子》
クロード・モネ《日傘の女性、モネ夫人と息子》など
美術の教科書、美術書や画集などで、よく見ていたものも、
本物の、勢いを感じて気分が高揚しました。
今回、初めてみた
ゴッホが亡くなる少し前に描いたと言われる《薔薇》
《薔薇》は、白と淡い緑色のコントラストが清々しい感じでした。
あふれるような生命力を、素直に感じましたが・・・
このあと、割と早い時期に亡くなられたのですね。
ゴッホの《薔薇》
ゴッホといえば《ひまわり》、
ひまわりと言えば《ゴッホ》くらいに
損保ジャパン東郷青児美術館でよく見かけていたので
この白い《薔薇》が、
とっても新鮮でした。
そして、もう1点
しばらく、眺め
最後に、もう一度戻って、見てきた作品
モネが一時期住んでいたセーヌ川下流の小村ヴェトゥイユの邸宅の庭を描いたもの
クロード・モネ《ヴェトゥィユの画家の庭》
清涼とした青空とひまわりの黄色との対比が
夏好きの私には、
たまらなく心地良く感じられて
今回、公開されていた作品のうち、素描、水彩、版画は、
「作品保護というのが主な理由」で
ワシントン・ナショナル・ギャラリー内ですら滅多に展示されないものだそうです。
これらの作品は1作品あたりたった15回までしか館外へ貸し出ししてはならない、
という規定もある貴重なものだそうです。
東京の展示は、9月5日で終了しましたが、
このあと、京都で9月13日〜開催されるようです。
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連休の谷間の1日、
フェルメール《地理学者》 http://www.vermeer2011.com/highlight.htmlを見てきました。
スイミングでいつもご一緒させていただいている先輩
とても素敵な女性なのです。
年齢はチョット分かりませんが、
グラフィックデザインをされている息子さんがいらっしゃるのです。
この息子さんからのプレゼントで、
今回の「フェルメール《地理学者》」を見に行くことになりました。
息子さんご自身が、ご覧になってきて良かったということで・・・
お母様にもプレゼント♪を
と思われたのだそうです。
ここからが、凄い!!えらい(笑)
お母様だけでなく
時々一緒に、画を見に行ったり、ユキンコさんのパフォーマンスに行ったりしている
お母様の仲間(つまり、私たち2人)にもプレゼントをしてくださったのです。
彼女と3人で渋谷のBunkamuraザ・ミュージアムへいってきました。
前置きが長〜〜〜い(><)
でも、今回は、光の天才と言われるフェルメール自身の作品は、
《地理学者》(TOPのポスターの絵)1点のみでした。
フェルメールの作品が、30数点しか世界に存在しないということですから
貴重なものなのですよね。
この作品を所蔵されているドイツの美術館が、改築工事に伴って、
はじめて貸し出された作品たちなのだそうです。
全然、ど素人の私には、あまり良く分かりませんでしたが・・・
「光」とか「影」とかいう言葉に弱いのです。
展覧会自体は、とても人気で混んいました。
作品とは、全然関係ないことですが・・・
会場に、ガムを噛んでいた女性がいました。
係の方が寄ってきて、「ガムは、会場の湿気に影響があるので、ご遠慮下さい」と
言ってました。
こんなこと、初めて聞きました。
どこの美術館でも、ガムをかむことは禁止ですか・・・???
私は、ガムをかむという習慣が、ないから、良いけれど・・・
気を付けなくてはいけなことなのなかなぁ〜〜〜〜
鑑賞した帰りに、ミュージアムショップで、
ガチャポンを買いました。(20年ぶりくらい)
鑑賞の記念に何かを買うという事は、ないのですが・・・
今回、ガチャポンの中身が、ジグソーパズルだったので
つい買ってしまいました。
実は、私、ジグソーパズルが、大好きなのです。
最近は、10000ピース位ないと興味が無くなってしまって・・・
置くところもないし・・・で、やめていました。
今回のは、100ピースちょっとでしたが(*^^*)
久しぶりでした。
元の画(手紙を読む青衣の女)
組み上げたジクソーパズル
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心のどこかに棘が刺さって
なかなか取れない
そんな居心地の悪い毎日に・・・
友人と可笑しなタイトルの美術展に行ってみました
「なぜ、これが傑作なの?」
というタイトル。
東京京橋にある「ブリジストン美術館」
同美術館所蔵作品で今回展示の150点くらいの中から
これを企画された学芸員の方が選ばれた12点について
「なぜ、これが傑作なのか?」という解説がされていました
混雑している展示では、ちょっと人の流れが滞ってしまいそうですが
空いていたので、ゆっくり読むことができました
見ている途中でやっぱり揺れました。
友人と
「いま揺れたね。地震だよね・・・ギシギシと音がしているもの!!」
と
ヒソヒソと不安顔をしている
と
ガードマンさんが
「揺れていますね。でも大丈夫ですよ!!」って
言ってくれた^^ホッ
もう、なかなか刺は抜けないわ(><)
会場で一番、目に止まったのが
やっぱり、
この美術展のポスターにもなっていた
ピカソ《腕を組んですわるサルタンバンク》↑でした
これには、下のような解説が付けられていました。
ピカソの新古典主義時代を代表する作品のひとつ。くっきりとした輪郭線と明快な色彩は、のびやかであってしかも完璧に調和している。サルタンバンクとは曲芸などをする大道芸人のこと。しかしこの絵ではサルタンバンクは、敏捷に飛び跳ねるどころか、エレガントな部屋で椅子にすわり、物思いに浸っている。ピカソは当時、ロシア・バレエの舞台美術に熱中しており、この絵にもバレエの世界の優しく夢見がちな気分が持ち込まれているようだ。画面左上に女性像が塗り潰された痕跡があるが、それもこの絵に余韻を与えている。
私の知っているピカソとは全然違う・・・
ブリジストン美術館のHPより
1980年、サザビーズのオークションで、パブロ・ピカソの《腕を組んですわるサルタンバンク》を当館が落札したとき、多くの人々が驚きと喜びの声をあげました。キュビスムの実験をひとまず終えたピカソが、イタリア旅行で得たインスピレーションをもとに始めた「新古典主義の時代」を代表する傑作です。圧倒的な力強さをもった線と色彩が、見るものの心をつかみます。この作品は、ピアニスト、ウラジミール・ホロヴィッツの居間を飾っていました。今回のコレクション展示では、このピカソ作品を含め、特に当館を代表する12点に焦点をあて、なぜ優れた作品だと考えられているのか、なぜ多くの人に愛されてきたのかをあらためてご紹介いたします。
ピカソの他
ポール・セザンヌ《帽子をかぶった自画像》
モデルに気を遣う必要のない自画像や家族の肖像は、絵画の実験にじっくり取り組むセザンヌにはうってつけの題材だったのだそうです。
有名な「カード遊びの人たち」の連作とほぼ同じ頃に描かれ、同様の思索的・抑制的な気分がうかがえる。がっしりとした人体のヴォリュームが、あいまいな背後の平面(白い壁?)と対比されている。帽子や背中の部分の輪郭線が反復によってズレを生じていたり、周辺部のいくつもの個所でカンヴァス地がむき出しになっていたりするが、これらは意識的な「未完成」なのだろう。絵画における空間・オブジェ(物)・平面についての画家の思考をあらわにした秀作。
《クロード・モネ《黄昏、ヴェネツィア》
描かれているのは、ヴェネツィアのサン・ジョルジョ・マッジョーレ聖堂。この時68歳のモネは妻アリスを連れて、長年の夢だったヴェネツィア旅行をようやく実現していた。太陽の光が湿気を含んだ大気に反射して様々に色を変えるこの運河の街で、モネは魅力的なモチーフを数多く見つけた。この絵はほとんど抽象画のように大胆に、青と橙色に塗り分けられているが、それでも水と空の茫漠と広がるに空間に包まれていることが実感される。
アンリ・マティス《縞ジャケット》
最新流行の粋(いき)な服と帽子を身にまとうこの女
性は、マティスの娘、当時19歳のマルグリット。
家族ならではのうち解けた気分が、自由な線や色彩に
表れている。近代絵画の歩みは、習作的・スケッチ的
な表現が次から次へと完成作に導入される過程でもあ
ったのだが、それはこの絵にもあてはまる。ここで
は、ほとんどカリカチュア(戯画)のような目鼻の線
などが、微妙に色分けされることによって、いかにも
マティスらしいエレガントな表現に変容している。
ピエール=オーギュスト・ルノワール《すわるジョルジェット・シャルパンティエ嬢》
1877年の第3回印象派展に出品されたもので、その当時、保守的な批評家から、
「何でルノワール氏は、手足をかっちりと描けないで、あんなにふわふわにしてしまうんだ」と酷評された。
現代の目には、この柔らかな表現こそが印象派らしさ、ルノワールらしさと言えるだろう。主人公は当時4歳のジョルジェット。
彼女の父はモーパッサン、ゾラなどの小説を刊行する出版社を営んでいた。
少女の愛くるしい表情と身振り、豊かに響きあう色彩が何より魅力的。
少女のドレスや靴下のの青が、少女の肌の色をより、美しく見せている解説されていた。
ポール・セザンヌ《サント=ヴィクトワール山とシャトー・ノワール》
藤島武二《黒扇》
パウル・クレー《島》
小出楢重《帽子をかぶった自画像》
エドゥアール・マネ《自画像》
岡鹿之助《雪の発電所》
ジャクソン・ポロック《Number 2, 1951》
以上12点
12点の中に含まれていませんでしたが、
これも好きだなぁ〜って、思った
パブロ・ピカソ 《生木と枯木のある風景》 この展覧会は、先週で終了したのですが
興味のある方は、
美術館のHPより作品の解説というとこから、ご覧になってください。
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先日2月24日に投稿した
僧たちの唱和する読経が・・・http://blogs.yahoo.co.jp/yu_rwing61207/37705187.html
記事の中で、
会場のガイドのナレーションから私が抜粋し、紹介した平山郁夫さんの言葉の中で
イマイチ、明確に聞き取れない部分がありました。
ブログ友のKAZZさんが、私の記事にTBしてくださった記事の中に
答えがありましたので、
お詫びして、訂正します。
ポプラの木々を抜ける風が
葉ずれの音を運んでくる
托鉢のチリンチリンと
砂の鳴く****
夕陽が落ちてきた
めいしょさんの砂が
風に飛ばされて降りてくる
薄暗くなるまで描き続けたかった
托鉢の音と共に
僧たちの唱和する読経が
聞こえてきた気さえした
この言葉の中の6行め。
「めいしょさん」と記載しましたが、
この画のタイトルにもなっている「鳴砂山 メイササン」だと思われます。
KAZZさん、ありがとうございます。
KAZZさんのブログ ♪あすなろ四季彩館♪
KAZZさんに、トラバしていただいた記事は、
ご覧になってください
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