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岩手県の田野畑村で被害にあわれた「みさご丸」さんの6月19日のブログからです。
足の大怪我から、リハビリをされながら復興に向かって一歩ずつ前に進んでいます。
↓↓(この舟は、6月18日に無事、みさご丸さんのもとに、 届けられたそうです)
今日はサッパ舟(小舟)が、
はるばる、千葉から陸送でやってきます。 まずは、少し海に近づきますかねーーーー。 次は、3.0t以上の動力船ですが・・・。なかなか、手に入らないかも・・? しかし、精力的に頑張って、9月までには操業に漕ぎ着けたのです。 その時期を逃すと・・。盛漁期を逃すことになります。
すると、また、半年以上も海に出られない。稼げない事になりますから・。
何が何でも、探さないと・・。 少し経緯を話すと・・・。
もう15年ぐらい前のことですが・。「全国漁師のML」というのが有りました。 今は、亡くなりましたが・・・。 そこで、知り合った、千葉の木更津の漁師の方がいます。その漁師の方がたぶん中心になって作った組織だと思うのですが・。 全国の漁師の仲間の人たちが「三陸の漁師に早く舟を届けよう!!」ということで始まったプロジェクトです。 元々は、「Enjoy Fisherman」
http://www.joyf.co.jp/
というものが有り、下記のような活動を展開していたようです。 1、日本の漁師、漁業の問題をネットワークにてクリアしていきます。 2、企業や学校等のニーズをネットワークでクリアしていきます。 3、その他、漁師の現場目線からの漁業活性化関連事業を実施していきます。 そして、3.11の震災津波が発生!!
三陸の海の漁師の舟が9割以上、消滅しました。
そこで、急きょ、 プロジェクト「舫」を立ち上げたもののようです。 それが、 東日本大震災被災の漁師さん達と私達やみなさんを繋ぐ言葉として使わせていただきます。
漁師が中心で運営するエンジョイ・フィッシャーマンは漁師の立場を良く知ります。 そんなスタンスで復興への支援を考えています。 なるほど・・。被災地の漁師にとっては、とてもありがたいプロジェクトです。
プロジェクト「舫」 〜東日本大震災復興のために〜 http://joyf.co.jp/url14.html
このようなことから、今回の「さっぱ舟」の提供を受ける事になったのです。 サッパ舟(小舟)も形や大きさなど、地方によって全然、違うものです。 写真しか見ていませんが・。おそらく、これまで僕らが使って来た、サッパ舟とは違うかも知れません。 ですが、贅沢は言っていられません。 まあ、何とか、使いこなすでしょう。 それにしても・・。待ちど惜しいなあ・・。何時頃かなあ・・・。 とにかく、ありがとうございます。 プロジェクト「舫」のみなさん。 心から感謝。感謝。しています ーーーーーーーーーーーーー ※それと、今日は作家と、新聞社の取材も有りましたねー。 今日も一日、忙しい日になりそうです。 ーーーーーーーーーーーーーー (再々掲) 「田野畑村漁船漁業研究所」の寄付のお願いです。 【寄付金はこちらから承ります】ーーーーーー
2)クレジット払い(PayPal)1)銀行振込 ◆お振込先: 金融機関: 北日本銀行 支店名 : 岩泉支店 口座種別: 普通 口座番号: 1781951 口座名義: 佐々木公哉(ササキ キンヤ)「田野畑村漁船漁業研究所 代表」 ※1口いくらの指定はございません。 ◆PayPalアカウントがなくても、クレジットカードのみでもお支払いが可能です。 ◆詳しくはこちらよりアクセスして下さい。 http://jp.e-senju.biz/donate_s ※頂いた義援金は、岩手県下閉伊郡田野畑村の「漁船漁業」の復興活動に 直接役立たせていただきます。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 趣旨は、こちらを 「自らが、生き残るためのアクションを起こした。これからは行動あるのみだ。 〜責任重大になる俺。」 6月5日アップ記事。 http://blogs.yahoo.co.jp/sasaootako/60662909.html
どうか、ご協力よろしくお願いいたします。「漁船漁業研究会」の趣意。ーーーー現、会員11名(態度保留3名=廃業も考えてる為) ア、みんなで協力しあって、早期の中古漁船の取得に全力をあげよう。 イ、漁具の融通をして、効率よく使おう。 ウ、若手を育成し、漁法をつたえて行こう。このままでは、伝統漁法が消滅してしまうからだ。 エ、将来にわたり、所得向上の為に、研究新しい漁法の開発の情報を共有しよう。 オ、資金調達の為に、みんなで協力して行こう。 みさご丸さんのブログ⇒http://blogs.yahoo.co.jp/sasaootako |
大震災(みさご丸さんのブログ)
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ちょっとずつ、本当に一歩ずつだけれど
復興にむけての意欲も奮い起こせ始めた矢先だったのでは・・・
昨夜の地震に、また気持ちがズタズタにならないと良いのですが。
疲れきっている心に、もう一度パンチなんて、ひどすぎます。
それでも頑張っている方が、たくさんおられます。
ブログ友のみさご丸さんの記事をコピペなどで紹介したいと思います。
みさご丸さんは、岩手県の田野畑村で漁師をされています。
今回、かろうじて建物は、流されずに済んだということです。
2009年の11月に操業中に事故にあい
地震の前日に5度目の手術をおえ、病院に入院されていたそうです。
↓ここからは、写真も含めてコピペです。
ウチの場合、は画像のように、敷地内に約1.5メートルほどの津波の波が押し寄せています。家を建てる時に、水はけをよくしたいと思って、敷地を2メートルほど、高く砕石混じりの水はけのいい土を締めながら盛り土したので、この程度です。近所の家は流された家が4棟、5メートルほどの床上浸水5棟。
津波の時、僕は入院していたのですが、急いで逃げて、タロウ(愛犬)繋がれたまま、
リードの長さから推定して、水に浸かったのは確実です。渾身の力でフックを曲げて逃げたのでしょう。そして、流されたと思います。色々なところをさまよってきたのでしょう。津波から1週間後に、油や泥で真っ黒になって、ヨロヨロして、ようやく家に帰って来ました。
津波被災地から〜家と倉庫の敷地ー瓦礫の撤去作業(3/31)
方不明者の捜査は、一旦、一昨日で打ち切られた。各被災地自治体では、瓦礫の撤退作業が始まった。
建設業者のからの重機もリース出来るのも昨日、今日だけとなると言われた・・・・本文を⇒ http://blogs.yahoo.co.jp/sasaootako/60460417.html 東北大海嘯。〜被災者の心のケアを…。(4/1)
今日から4月。3.11から3週間経過した。
僕が一昨年、漁の最中の事故で、命はなんとか助かり、足の骨折。『PTSD』-心的外傷ストレス後ショック障害の症状が出始めたのが、3週間後だった。毎晩、フラッシュバックがあり、まぶたを閉じると、事故の光景が、まるで映画の映像のようにビジュアルに見えて眠れない・・・中略・・・昨日の夜、避難所に行ってみた。やはり、津波のことが頭から離れず、日ごとに不眠を訴える人たちがいた。本人はプライバシーのない、集団生活が原因と勘違いしている気がした。僕は医師ではない、ただ急性のPTSDの経験者。この人たちを慢性のPTSDにしてはいけない http://blogs.yahoo.co.jp/sasaootako/60462703.html 東日本大津波。被災地漁師の叫び(4/3)
今朝はー3℃。どこの避難所も寒いことだろう。
昨夜、僕は睡眠中PTSDの軽いフラッシュバックがあった。 フラッシュバックと言うヤツは、時間の経過と伴い少しづつ変化して行くものだ。09年11月の命を拾った漁の事故の時からそうだ。 今朝3時頃、テレビ画像の津波の映像だった。それから、まぶたを閉じると同じ映像がでて来て、精神安定剤と眠剤を服用したが、頭が冴えて、朝まで眠れなかった。事故から津波に変わったのか、とにかくフラッシュバックの変化があったことは間違いない。 昨日も倉庫の泥抜きの作業をしていても、頭から離れない不安感は溜まっているためなのか…?かといって、家の中に閉じこもって、いるのはもっと良くない。身体を動かしている方が、気が紛れて、まだ気分的には楽だから…。 ついつい、『いつもなら、春になり花が咲いて、ルンルン気分で船のドック作業をしている頃なのになぁ』って思ってしまう。 建物、津波防波堤が津波でなくなり、家から海が瓦礫の隙間から見えるようになった。 さて、俺はこの海と対峙して生きて行けるのだろうか…? 大津波〜被災地の漁師の声。医療過疎(4/4)
昨日も倉庫の片付けを早めに切り上げて、ホテル羅賀荘は津波で4階まで津波で浸水。当分の間は休業。隣の村の黒崎荘の風呂に行った後に、避難所に行って見た。80歳は超えた一人の高齢の男性が具合悪そうな顔をしていた。周囲の人達から聴くと、鼻血を出していたらしい。
津波前は一人暮しの独居。息子は東京に出て、連絡もついていないらしい。そんなうちに大きなイビキを出している。起きない。お袋がそんな感じで、脳梗塞になった。それを直感した。 保健婦さんも役場職員も、他の患者や他の仕事等でなかなかこない。仕方ないので、救急車を呼んだ。直ぐ来てくれて、1時間走ってようやく病院についた。イビキをかいたまま、病院の救急外来も混んでいる。一刻を争う脳梗塞。イライラした。よその避難所からも患者が殺到しているのだ。津波後3週間。高齢者が多く、薬も不足している。この人も薬も保険証も家ごと流され高血圧症の薬を飲んでいなかったのだ。 病院スタッフも被災者、家族の安否もわからず、疲れているようだった。入院させるので、『お預かりいたします』ということで帰って帰宅したら、今朝の3時だった。 まさに、医療過疎になっていると感じた。http://blogs.yahoo.co.jp/sasaootako/60470138.html 漁師も助けあいながら・・。(4/6) ようやく、待ちに待った、昨夜から、電話回線が復旧しました。
さっそく、モデム、LANに電源を入れて、ブラウザを起動。 溜まっていた、何個かのソフトのアップデートが出てきて、インターネットまで繋がるのに時間がかかりましたが・・・本文を⇒http://blogs.yahoo.co.jp/sasaootako/60476251.html なぜ政府、県行政はこないのか・・〜被災地漁師の声(4/7)
↓↓防波堤のケーソンまでも流され、港の口も塞がれているし、港中には、車、消波ブロックが入り混んで、とても港の中を走行できる状況には有りません。
昨日が期限だった、「サッパ船(小舟)」の発注。避難所の隣にある、仮の漁協事務所に行って、
「国や県の支援や漁港があのままでの状況で判断させるのは早いのではないか・・?」と 苦言を申し上げて来た。 http://blogs.yahoo.co.jp/sasaootako/60478879.html 昨夜また大きな地震で津波が!(4/8)
昨夜、23時33分宮城県沖を震源地のおおきな地震があり、宮城県は津波警報、岩手は津波注意報が発令に…。また、とにかく大きな揺れが長く続いた。3.11のような揺れだった。幸い津波はヨダ(小さな津波)でおさまったが、津波に敏感になっているので、一次避難した。
地震とともに電気が切れ、電話回線も駄目になってしまって、これでまた復旧には時間がかかるかも?まあ、津波で電柱が折れたのとは違って、津波の時よりは早めに復旧するとは思うがなんとも、言えない。 まさか、こんな大きな余震が来るとは…。 まだ、海底のプレートが安定していないのだろう。 電気が駄目だから、水道もこない。 また、ライフラインがたたれた。http://blogs.yahoo.co.jp/sasaootako/60481491.html |
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