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ブログ更新停止中に、理化学・生物・環境関連分野で取り上げられた話題の中で、特に印象に残った記事が、プロレスラーの高田延彦さん、タレントの向井亜紀さん夫妻が代理母出産を希望して渡米し、代理母によって出産された双子をめぐり、出生届の受理を命じた東京高裁の決定が話題となった一件である。著名人夫妻が断行した現代的生殖医療技術をめぐって、普段この領域に関心を持たない人々も含めて、人間の倫理観や家族意識、子どもと親のあり方などについて、連日ニュースで報道が行われていた。話題性に富んだニュースだっただけに、報道当時に記事に出来ればと思っていたが、タイミングを逸してしまったのが残念である。 現在日本国内では、厚生労働省の専門部会「生殖補助医療部会」が平成15(2003)年に提言した「精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療制度の整備に関する報告書」によって、女性蔑視や妊娠・出産のリスク、或いは法律上の解釈問題などの理由から、また産婦人科学会側も自主規制を行っている関係上、代理母出産は原則的に実施されていない。これに対して高田夫妻は、代理母出産が承認されているアメリカで執り行い、日本へ帰国して親子関係を認知させるべく、出生届を品川区役所に提出した。区側は判断が困難との理由で法務省に解釈を仰いだが、法務省の結論は「出産を以て母親と見なすので、母親とは認められない」との理由であった。高田夫妻は東京地裁へ提訴したが、一審は申し立てを却下したため、即日東京高裁へ抗告、二審では逆に子どもの福祉の観点もあり、また米国の確定裁判を承認すべきとの判断で原告側の勝訴となった。 この高田夫妻の行動は、日本の法律の盲点を突いて既成事実を作り出した意味では、やや強引な手法であると言える。上記の様に、日本では代理母出産が事実上不可能なのだが、それを禁止する法律は今のところ制定されていないから、裁判所の法解釈次第では、今回の様な特例が作り出せることもあり得るからである。また代理母が出産した双子の子どもは、何れも遺伝上の両親は高田夫妻であるから、いわゆる完全な借り腹で出産した事になり、勝算も高いと踏んだのかもしれない。 世論の多くは、夫妻の“勇気ある決断と実行”に対して好意的な見方を示し、同様な意見を持つ子どもを望む若い夫婦にはある種の「福音」であったかもしれない。妻の向井亜紀さんは以前に、子宮頸がんを発症し子宮全摘出を行っており、その苦難を乗り越えての今回の行動であるから、意に沿う自分自身の子どもを望む気持ちは真摯であったのだろう。子どもが授からない夫婦にとって、体外受精に始まる医療技術の進歩は強力な拠り所であり、女性の初産高齢化に伴って実施されるケースも年々増加傾向にある。実際多くの夫婦が、この恩恵に与っているのだろう。大半の夫婦が多かれ少なかれ、自分たちの子どもを産み育てたいと願う気持ちは、全く生物としての人間である以上、至極当然で自然な感情であると考える。 しかし私は、今回の高田夫妻の行動に関して、また現在の日本の代理母出産に関わる情勢について、やはり全面的には承服しかねる部分がある。精子や卵子の提供、受精卵の第三者依頼といった生命誕生の根幹に関わる技術を用いて、親が自己の幸福を求める道具として子どもを扱おうとする考え方には、私は正直言って納得し難い。代理母出産の場合は、更に第三者をその利用の枠組みに入れて扱うのだから、代理母の意思はともかくも人間の道具化を意味するし、自己の胎内で育ち出産の痛みを乗り越える中で育まれる母性本能、また代理母自身のそれも考慮に入れなければならない。また妊娠過程において先天的障害が発覚した場合、多くの確率で堕胎されてしまうため、一種の優生思想の発展系という指摘もある。そして何より、生まれ来る子どもの立場が非常に微妙なものになるだろう。代理母・実母・子の何れにも、本来の生物行動から逸脱した行動によって生じる心理的影響は大きく、実際アメリカではこうした複雑な過程で生まれた子どもが、遺伝上の実の父親を探すべく「知る権利」を行使して提訴し、社会問題化した例もある。外見や頭脳、運動神経が優れていると見なされた人間の遺伝子を欲して、人間の一部分的な価値を絶対視し、精子や卵子が諸外国で売買されている実態は、実に人間の傲慢な行動であると思う。これが今後も増え続ければ、例えば遺伝上では実の子どもが数百人いたり、自分より遙かに年下の見知らぬ外国の若者が、自分の実の親だったというような、想像を絶する事態が起こりうるのである。 今回の実例は、その意味ではまだ“軽度”だとは思うが、日本の現状の法律ではこうした医療技術の進歩に答え得る内容にはなっていない。高田夫妻の事例の後、日本国内で長野県の産婦人科医が、娘夫婦の受精卵を用いて、その母親(出生児からみて祖母)による代理出産を行ったとの報道があったが、これも全く法律の抜け穴を利用したもので、本当に子どもの立場を思いやった判断だとは到底思えない。今後も恐らく、こうした報告が盛んに行われていくだろう。その流れを止める事が出来ない以上、法律による明確な線引きが必要だろうし、何より医療技術向上の促進と共に、人間の生命倫理観や人権問題などの積極的な意見交換がなされるべきであろうと思う。この世に生まれ来る子どもは、親や第三者によって好き勝手に構築される道具であってはならないはずだ。 Crion
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医療技術の進歩ばかりに目をとらわれるのでなくて、医療倫理の方にもしっかり目を向けなければならないなぁ〜って思います。一つを認めちゃうとあれもこれも…って新たな事例が出てくるだろうから、慎重にならないといけないなぁって思いますよ◎
2006/12/23(土) 午後 4:38 [ あゆみっくす ]
(代理母とは無関係)今更ながら、去年の年賀状のメッセージ読ませていただきました(当時はQRコードが読めなかったので)。それはさておき、今年の年賀状は、書くのがこれからなので、とんでもなく手抜きになる予定ですが、実用性のあるものにしようと思います。
2006/12/29(金) 午前 0:18 [ r_y*sw*ndl* ]
因みに、いのししの写真を載せようと考えていたのですが、ここ数週間は六甲山麓でも見かけないので、「怖カワイイ」うりぼうのイラストに差し替えます。イラストを見ていると、いのししや熊など、危険な動物がこんなに可愛らしく描かれてよいものかと、ふと疑問に思ったりもしましたが…。元旦には着かないと思いますが楽しみにしていてください。
2006/12/29(金) 午前 0:18 [ r_y*sw*ndl* ]
>あゆみっくすさん:コメントありがとうございます。技術開発のスピードに生命倫理が追いついていない現状は、医療分野の重要な課題の1つだと思います。一般の人々の専門的な知識不足と共に、何らかの方策を試みていって欲しいものなのですが…。またお越し下さい。
2006/12/30(土) 午後 1:47
>RYさん:コメントありがとうございます。お久しぶりですね。昨春の時点ではまだ普及率が低かったようで、結構読めない人がいたようです。私も何と入力したか忘れてしまいました(笑)今回も喪中なので年賀返礼は出せませんが、期待してお待ちしています。またお越し下さい。
2006/12/30(土) 午後 1:51