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■第22則■雪峰鼈鼻蛇
●垂示(●(序論的批評)
【書き下し文】(※現代かな遣い・新漢字に一部変更)
垂示(に云(く、大方(外無く、細(なること隣虚(の若(し。擒縦(他(に非ず、巻舒(我にあり。必ず粘(を解き縛(を去らんと欲せば、直(に須(く迹(を削り聲(を呑むべし。人々(に要津(を坐断(し、箇々壁立千仭(ならん。且(く道(え、是(れ什麼人(の境界ぞ。試(みに挙(す看(よ。
【私的口語訳】
人間の実相は、宇宙全体余すところ無く広がり行き、極々微小な物質の中にも内在しているのである。それを
捉えるのも放つのも自分自身の意思であり、巻き取るのも開き広げるのも己自身の心が為すものである。もし
現象に対する執着から脱しようとするならば、当然五官の現象を放ち去ることが当然必要なのである。人々が
この要点を的確に捉えることができれば、個人の信仰は確立せられるであろう。ではその信仰確立の境界点は
一体どこにあるのであろうか。次に掲げる公案を読んで、その真意を悟りなさい。
【私的解釈】
「垂示」とは、この『碧巌録』の編纂者である圜悟禅師が、自分の弟子たちに対して、「本則」(本問題)の要点や着眼点を、あらかじめ示す目的で書いた“課題提示”であり、前置きの文といったものである。冒頭の「大方外無く、細なること隣虚の如し」とは、人間の本質たる完全円満の自己そのもの、生命そのものの存在について、空間軸的な表現を用いて表した一文である。大方とは無限に広がり行くことである。大乗経典の1つとして知られる華厳経は、正式には『大方広仏華厳経』と称するもので、全世界全宇宙は御仏の顕現であり、同時に微細な塵芥の中に全世界を内包し、一瞬の中に久遠の魂が存在することを説いた経典である。宇宙全体に広がっていて、その外側は存在しない。際限なき拡大である。宇宙に満ち天地に満ちる毘盧遮那仏と一体であるのが、人間の内在せる実相である。しかし、同時に、矛盾するようであるが“一点も無い”のもまた、人間の真実在としての魂である。本文中では「細なること隣虚の如し」とある。隣虚とは文字通り、限りなく無に近い極小の存在を表す。その極小の存在すらも超越したところにあるものこそが、光明楽土天国浄土の世界である。人間の生命なるものは本来無相であるから、大とも小とも表現し得ない存在なのである。
これを換言すれば「この身はこのまま毘盧遮那仏の国土であり、毘盧遮那仏の生命そのものである」と言える。だからこそ「擒縦他に非ず」で、捉える(=擒)のも放つ(=縦)のも他ならぬ己自身であり、自由自在の力が自分の内に宿っているのである。続く「巻舒我にあり」も同様で、一切万象を巻き取る(=巻)のも展開する(=舒)のも、自己内在の“如意宝珠”の力である。如意宝珠とは仏法の象徴とされる宝物で、無限の価値を持ち、衆生の願いを意のままに叶える珠とされる。如意宝珠とは生命の象徴でもあり、陰陽調和の根源であり、火(カ)と水(ミ)の結びであり、時間と空間の縦横交差の一点でありながら、さらにその一点もなく、その無しもまた否定し去った後に残る“ここ”にこそ、如意宝珠の一切の宝が包蔵されているのである。この真理を感得した者だけが、今・ここに生きてある西方極楽浄土、エデンの園を感じることができるのである。
しかし、人間はともすればこの「擒縦他に非ず、巻舒我にあ」ることを忘れてしまう。するとたちまち、現象の桎梏に縛られ、自由自在を失い五官の執着に捕らえられてしまい、自性円満の本来の姿を見失ってしまうのである。自縄自縛の状態から脱するためには「直に須く迹を削り聲を呑む」ことが求められる。“迹”とは事績や足跡を指し、転じて現象に現れる事象のことである。“聲”は声の旧字体である。いずれも肉体の感覚にて捉える類のものであり、それに心を引っ掛けて、損得勘定で苦しむのが多くの人々が陥る通り道である。声なき声を聞き、形なき形を拝することで、我々はその現象地獄、無限回廊の本来無を悟り、大方隣虚満たざるところなき、神仏の御声を聴くことが出来るのである。
そこで我々は初めて「要津を坐断」することができる。要津とは彼岸、すなわち実相界に至る要の場所という意味で、徹底して坐す、座り切る境地を“坐断”と言う。ここでは転じて、実相独在の境地を感得することと解釈し、上記の訳としてある。常住円相妙楽の世界に到達した者は「箇々壁立千仭ならん」、千仞の山岳の頂点に立って衆生を救済し得るだけの信仰を確立した者となるであろう、1人1人皆が神仏の境涯であって、煩悩の徒が例え上陸しようとても手も足も及ばぬ。ではどのような人々が“壁立千仭”の境界に踏み入ることができるのであろうか。次に掲げる公案を読んで考えてみなさい、という訳で、本文は「且く道え、是れ什麼人の境界ぞ。試みに挙す看よ」と締めている。
次回は「第22則・雪峰鼈鼻蛇」の「本則」に入ります。
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Crion
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