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永のご無沙汰をいたしてしまいましたが、お元気でいらっしゃいますか? 嬉しいこと、悲しいこと、不思議なこと・・・ 様々な事が次々と起こる毎日を重ねている内に ふと気づけば、あっという間に1年以上の月日が流れてしまっていました。 今回、期せずしてこうして戻ってくる機会を与えられ、 懐かしい方々との再会に恵まれ、とても嬉しく思っています。 しかし、何よりも先に、 長い間ご無礼をしてしまったお詫びをしなければいけませんね。 この1年を振り返り、我が人生の大きな節目 の年であったと感じています。 目まぐるしい程の毎日だったけど 『 結構、頑張ったじゃん! 』 今は 自分にそう言ってやりたいと思います。 私はと言えば・・・ お粗末ながらも俳句を続けています。 中国大陸への望郷の念に似た思いは 更に募っています。 そして・・・ 四国八十八カ所のお遍路を始めました。 さて、きゅうり と アスパラガス のその後も少し・・・ カリフォルニアで武者修行中だった アスパラガス も帰国し、 現在は残り半年となった大学生生活を満喫しています。 ぎこちないリクルートスーツでの就職活動も無事終え、 来春からは 全●空の自社養成パイロットとしての厳しい訓練を始めます。 昨今の飛行機事故を思うと、心配の種は尽きませんが、 人々の夢を運ぶ 山形機長 のようなパイロットに成長して貰いたいと 心から願っています。 一方、建築家を志して勉強中の きゅうり も大学2年生。 課題提出の締め切りに追われ、きゅうりを齧りながら徹夜することもざらだとか。 それでも、楽しいと話す娘、随分頼もしくなりました。 最近では、被災地の復興など、本当に建物を必要としている人々の為の 建築に興味が変わってきたようです。 一時は心配した水道水の臭いにも、もうすっかり慣れてしまったようです。 |
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この街に もう随分長居をしてしまいました。 新しい朝が来るたびに 駅まで足を運んでみます。 けれど まだ 次の街への切符は 買えていません。 昼も夜も休むことなく この町が 吐きだしている 【 渾 沌 】 それは今夜も 【 夜光虫 】 のように 窓から滑り込んで・・・ 私は その渦の中を漂う快感に 酔いしれてしまうのです。 この街を 【 魔 都 】 と呼んだのは 誰だったのでしょうか・・・ |
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この記事を書き終えたら 少し長い 旅 に出ようと思います。 私という人間を知る人が 誰一人として居ない街 そんな街を 素顔で歩いてみたいという衝動にかられて・・・。 このところの忙しい毎日の中で ふと気付けば 夕陽の色に染まる西の空を 足を止めて見上げることさえ 忘れていました。 行く先々で・・・ 夕焼け空 に向かい 残照の 最期の一片が消える その瞬間 を見守りたいと思っています。 人の縁 とは 不思議なものですから 何処かの街角で ばったりお目に掛かるようなことが 有るやも知れません。 そんな時は 並んで 夕焼け空 を眺めながら お話が出来ればと 願っています。 我が家の庭には 十薬の花 が 咲き始めました。 戻る頃には どんな花が 咲いていることでしょうか・・・ |
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鬼灯( ほおずき ) の花が咲いています。 葉の陰に 隠れるようにして ひたすら 俯いて咲くその花は なかなか その姿を 写真に撮らせてはくれませんが 何処かで 見たことのある花の形だと思えば 茄子と同じ仲間 なのだそうです。 納得です。 やがて この花が済めば 例の朱い実を 結びます。 『 鬼の灯 』 などと ちょっと おっかない名前が 付いていますが 中国では 子供が持つような小さめの提灯 のことを こう呼ぶのだとか・・・ ちなみに あの 実を包み込んでいる袋状のもの ・・・ あれは 萼が大きくなったもの だと聞いた時には 驚きました。 私が まだ幼い頃で 曾祖母が まだ元気でいた頃・・・ 鬼灯 の朱い実を 根気よく 潰さないように そっと揉みほぐし 中身を水できれいに洗い流して 口にふくみ きゅっきゅっ と 鳴らして 聴かせてくれたものです。 私も 真似をしてみましたが 大概は 実を破ってしまったり たまに 上手く作れたとしても 曾祖母のように 上手には 鳴らせなかったと記憶しています。 鬼灯 の この白い花が咲くと やがて来る 暑い盆が はや思われ・・・ 鬼灯 を鳴らす 曾祖母の しわくちゃの口元が 思い出されるのです。 |
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手元に 一冊の 句集 が在る。
622句 を収めた その物理学的な重さ以上に 私の心に どっしりと位置付いている。 これは 私が 生涯の師 と 敬愛する俳人の句集・・・ 一周忌を迎えた今春 発刊された 最期の句集 遺句集 である。 傍らに居並び 直接にご指導を賜ったのは 師 の晩年の短い間ではあったけれど 今更ながら 師 との出逢いが 嬉しく思い出される。 見送った寂しさは 今も癒えないけれど 不思議と戸惑いは無い。 師 の遺して下さった 言葉 や 著書 が 私には 確かな 羅針盤 であり 道標 であるという確信があるからだ。 かつて 師 は その若き日の師であった 水原 秋桜子 を思い 『 師の名こそ 生涯の糧・・・ 』 と詠まれたけれど 私にとって 師の名 は 険しい山道( 岨道 そわみち )を行く時の あの 白い 朴の花 のように この先も 私を 導き 励ましてくれる ことと 信じている。 師 のこよなく愛された 朴の花 が 故郷の山に 咲き始めている・・・・ |





