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この街に もう随分長居をしてしまいました。 新しい朝が来るたびに 駅まで足を運んでみます。 けれど まだ 次の街への切符は 買えていません。 昼も夜も休むことなく この町が 吐きだしている 【 渾 沌 】 それは今夜も 【 夜光虫 】 のように 窓から滑り込んで・・・ 私は その渦の中を漂う快感に 酔いしれてしまうのです。 この街を 【 魔 都 】 と呼んだのは 誰だったのでしょうか・・・ |
縁語録
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縁(yuan)が 折々の想いを 綴ります
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この記事を書き終えたら 少し長い 旅 に出ようと思います。 私という人間を知る人が 誰一人として居ない街 そんな街を 素顔で歩いてみたいという衝動にかられて・・・。 このところの忙しい毎日の中で ふと気付けば 夕陽の色に染まる西の空を 足を止めて見上げることさえ 忘れていました。 行く先々で・・・ 夕焼け空 に向かい 残照の 最期の一片が消える その瞬間 を見守りたいと思っています。 人の縁 とは 不思議なものですから 何処かの街角で ばったりお目に掛かるようなことが 有るやも知れません。 そんな時は 並んで 夕焼け空 を眺めながら お話が出来ればと 願っています。 我が家の庭には 十薬の花 が 咲き始めました。 戻る頃には どんな花が 咲いていることでしょうか・・・ |
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名古屋から 近鉄とバスを乗り継いで1時間半 着いたのは 伊賀の里 伊賀忍者をかたどった名物 へこきまんじゅう をひとつ頬張って いよいよ 滝めぐり がスタートです。 ちなみに このユーモラスな名前のまんじゅうは サツマイモで出来ていて まんじゅうというよりは スィートポテトといった感じです。 近年 映画にもなって その名の知れた 赤目四十八滝 「 四十八 」 とは 数の多さを表したもので 実際にはそれ以上の 大小さまざまな滝が在り どの滝にも 「 言い得て妙 」 と納得する名前が付けられています。 或る時は せせらぎ を聴きながら 苔むした石の上を行き 或る時は 小鳥達の 囀り に包まれるように木立の中を進み そして 或る時は 滝に沿った断崖を 手すりにつかまりながら登る 全長4,270m 片道 約2時間のコースです。 春は 新緑 夏は 涼 秋は 紅葉 そして冬には 氷瀑 が観られることもあるそうです。 「 せせらぎ 」 「 囀り 」 「 木洩れ日 」・・・ これらに包まれる時 私達が 心地好い と感じるのは これらが 1/f ゆらぎ だからです。 つまり 私達の身体のリズムも この 1/f ゆらぎ であるため 双方が共鳴するすることによって 心地よさを感じるということです。 ちなみにこれは その名も 【 1/f ゆらぎ 】 という美容室をやっている 友人の受け売りですが・・・ 何はともあれ ご覧下さい。 マイナスイオン フィトンチッド 滝の落ちる音 せせらぎ 小鳥の囀り どうか 皆さんの所へ 届きますように・・・・ 布曳滝 |
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そうそう きゅうり が 付け加えた一言を お話しするのを すっかり忘れていました。 『 窓を全開にしても 全〜然! 虫が入って来んよ 』 今度はうって変わって ホッとしたような 明るい声です。 ※ ※ 緑が多いということは それだけ 虫 もたくさん住んでいるということで これからの季節は 窓に 網戸 が欠かせない我が家 灯りなど点けようものなら 隙あらば入り込もうとする 虫 達が 網戸 に びっしりとへばり付き さながら ちょっとした 昆虫図鑑 のよう・・・ ( 多少の誇張はお許しあれ ) ドアや窓は 最小限の隙間を開けて出入りしなければ あっという間に 部屋中を 虫 達が 飛び回ることに・・・ これだけ気をつけていても 『 何処から入って来たん・・・? 』 という逞しい数匹の 虫 達と 一夜を共にすることになるのです。 じっと我慢するタイプの きゅうり はともかくも アスパラガス にいたっては 騒々しいもので 或る時は 『 タランチュラが出たぁ 』 と叫び また或る時は 『 モスラが飛んでる〜 』 と震えていましたっけ・・・ カリフォルニアは どうなんでしょうね? 虫 は たくさん居るのかしらん・・・? ・・・・・・・ 2つ並んだ部屋 のドアを開ければ そこに 2つの顔 が在った頃の 楽しい思い出ですけれど・・・ 木の国 水の国 そして 虫の国 でもあった当地です。 多分これは とっても素晴らしい環境だということなんでしょうけれど・・・
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智恵子は 東京に空が無いといふ ほんとの空が 見たいといふ あまりにも有名な 高村光太郎 の 『 智恵子抄 』 の一節です。 ※ ※ この春から 生まれ育ったこの土地を離れ 大学の寮で暮らし始めた きゅうり・・・ 『 水道の水がすっごく臭いよ 』 『 お味噌汁も ゆで卵も 臭うような気がするもん 』 『 ・・・・・・・・・・・ 』 『 お水・・・ 買おうかなぁ・・・ 』 ※ ※ 四方を 緑滴る山々に囲まれ 北から南まで 水量豊かな清流が貫く当地では どんなに日照りの夏でも 「 水不足 」 「 断水 」 という類の言葉とは無縁です。 蛇口からほとばしる 水 は 両手に溢れて そのまま乾いた喉を潤してくれます。 あまりにも当然のこととして 水 に恵まれて育ったきゅうりにとって 都会の水道から出てくる モノ は もはや 水 ではない別物として 持て余しているようです。 「 水 を買う・・・?」 その行為は 当地では まだ非常に違和感が伴います。 かつて ペットボトルのお茶を買うということに嫌悪感を覚えたように・・・ でも・・・・ 桜が散り・・・ 紫陽花が雨に濡れ・・・ 向日葵が誇らしげに咲く頃には・・・ きゅうりも慣れてしまうでしょうか? 都会の ミズ にも 水 を買うということにも・・・・ |





