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おばあちゃんが亡くなりました。
危篤の知らせから死ぬまで、本当に急だった。
病院に駆けつけると、ICUでばあちゃんは荒く、苦しい呼吸をしていた。右目が麻痺しているので、横向きになった目からは悲しくもないのに涙があふれ、鼻梁にたまっていた。
小さな町工場を経営する親父と母親は慌てふためいたが、自治会や組合の皆さんのご協力もあって、なんとか無事お葬式を済ませられた。
* * *
昔、ここのブログでも書いたことがあるけど、
おばあちゃんは、3年前の夏におじいちゃんのお見舞いに行こうとして車にはねられた。そのとき乗っていた自慢の電動式自転車は、僕が大学生のときバイト代を貯めて買ったものでした。
「良い孫」でしょうか。
いいえ、そうでもなかったです。バイト代を貯めて自転車を買ったのだって、そこに何がしか若造の優越感や底の浅い自意識があったことは明白です。
それに、ばーちゃんの「どうだ、ばーちゃんすげーべ!」みたいな自己顕示欲の強い性格が、どうしても好きになれなかったし。
でも、ど田舎でバスも来ないようなウチの集落にあって、車が乗れないばーちゃんには唯一の交通手段だったと思います。本人も赤い自転車を気に入ってたし。
+ + +
葬式の準備で地区の住民を接待するのだけど、サンダルを履いて母屋と家を往復していると、我が家のちっぽけな池に(魚はいません)、ピンク色の花が咲いていました。睡蓮(すいれん)でした。
あ〜、きれいだなァ、と思い、急いで仕事用のカメラを引っ張り出して撮っていると、母親に呼ばれました。「お客さん用の座布団持ってきてー!」
* * *
夜、線香がとぎれないように寝ずの番・・・のはずですが、普段12時前にふとんに入るので、いとこに任せて先に休みました。雨の音と強風が、ひどかった。
お葬式の朝は、土砂降りでした。
家を出るとき、「ああ、ばーちゃんは次に家に帰るときは骨になってんだっぺがなー」と思いました。
葬儀はいたって普通でした。家族の誰も変に悲しがらないし、思い出してグズグズしないし。何よりも忙しかった。
でもそれは、死者に対して何も考えていないというわけではありません。かといって、これまで毎日のように容態を心配してきたかというと、そうでもありません。
やっぱり自分は、自分の生活が第一であって、家族といえども、その人の生(せい)はその人ものであると思います。病気で頭もイカれてただろうけど、それを若い自分が代わりにあれこれするのは、なんか違うと思ってた。
ごく普通に接してきたつもりです。それは父も母も兄も弟も、ほとんど差異はないと思います。
火葬場に行く前、最後のお別れがありました。皆、手に白い菊や鮮やかな花弁を持っています。
親戚のばあちゃんがオウオウ泣きながら花を手向けるとき、連れの人が「ばーちゃん、そっち足だよっ、足!こっちがアタマだっぺ!」ってナイスな突っ込みで、一同大爆笑。
笑いをこらえて肩を震わせている弟は、近所のおばちゃん方から「あっちゃん(弟のこと)は、あんなに肩震わせて泣いで。かわいそーに」とか言ってた。
花を手向け、ばーちゃんの顔を左手で触りました。 とても冷たかった。 そして、いまにも庭仕事をしながら「ゆうちゃんよ、きょうはどごにいぎなさるね?」と声を掛けてきそうな感じでした。
「ゆうちゃん、ばーちゃん今日はいーっぱいオーキング(註:ウオーキングのこと)してきたど!」
「おはようさん。ゆうちゃん、今日は波乗りいぐんだっぺ?気をつけていぎなされ」
多少ナイーブですが。
そんな声が聴こえてきそうで、「わっ!」と涙がこぼれた。僕は、左手でまたばーちゃんの頬をさすり、「ばーちゃん、まだ会うべな。まだ会うべぇな」と心の中で言った。
火葬している間、親族は忌中払いでお客さんのおもてなし。・・・しているつもりが久々に会った嫂のお父さんとお母さんと話しながら飲んでいたら、楽しい気分になっていました。
子どもは白黒はっきりしたものを好むから、さっきまで涙を流したと思ってた大人がころっと宴席ではっちゃけるのが、よくわからないだろうな、あるいは怒るんだろなー、などと思いながら、飲んで食べて、ほろよい気分でした。
お骨を拾って、帰途に着く。
バスの中では、こんなことを考えていました。
忙しかったり怒ったり、号泣したり、シムケンのコントみたいなことが実際起こって身内でゲラゲラ笑ったり。一般に葬式ってのは悲しいものだけれど、生活の縮図みたいだなーと思ったり。
家族ってのはつくづく不思議だなぁ、と思いました。
夜、ふとんにもぐると、雨は窓ガラスを叩いて、強風が地震で崩れた屋根瓦を地面に落とす。
そんな中でも考えているのは、明日の仕事、面倒だなぁ。休みたいなぁ。ここ数日大変だったんだぜー、とかそんなこと。まったく不謹慎。
そして今日は今日で、何食わぬ顔してネクタイ締めて、何事もなかったように原稿を書いたり、嫌なヤツに会ったり、葬儀で取材すっぽかした相手から電話かかってきたり。
非日常は終わり、また、フツーの毎日がやってきたんです。
+ + +
昼は、まったく食欲がないのでマクドナルドでセットを買って車の中で食べる。楽しくも、わびしくもない、いつもの食事。
・・・と、隣に停まっていたバンの後部座席を何気なくのぞく。そこには昨日ばーちゃんの葬儀を執り行った斎場の名前が入った立て看板があった。
涙や、宴会や、崩れたのど仏や、頭蓋骨を思い出した。そういや、昨日仏様になったんだなァ、と思う。午後から晴れの予報どおり、雲間からは青空がのぞく。
そうして、立て看板の「故○○様ご葬儀の日取り」のところに目を移すと。
そこにあったのは、ばーちゃんの名前でした。
僕は笑ってしまった。
ばーちゃんの戒名は「○○院××青空大姉」。
できすぎだとは思うけど、事実だからなぁ。びっくりしました。
四十九日が終わるまでは、魂はこちらの世界にいるというけど、やっぱりいるんだなぁこれが。さっそく帰宅してから話す。
「ばーちゃんが、まだそごらにいんだっぺ」「葬式で笑ったもんだがら、怒ってんのがもしんねーべ」
そんなことを喋りしながら、家族で食事をする。
なんだか眠れなくて、こんなに長いこと書いてしまった。
家族が一人亡くなったけれど、ウチには昨年秋に生まれた兄の娘がいる。
あどけないその笑顔と、純粋な黒い瞳は、我が家の未来だ。
今度ウチに来たら、ばーちゃんの分もかわいがってやろうと思う。
おしまい。
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