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掌の中の宇宙。 友達からインドのお土産をもらいました。 なんにでも変化する花のおもちゃ。お盆中、扇風機に当たりながらいろんな形にしてみる。 花が咲いた。 あらかたカタチは出尽くしたと思っていたら、今日の晩にこの写真を撮るとき弟が今まで見たことないカタチにしてくれた。 丸い惑星。 まだまだいろんなカタチができそうだ。 お土産はもう一つ。 ラダック地方の石。 何十年も風雨を乗り越えて、なぜか縁あって僕の掌に乗っているのだなぁ。 うまく言葉にできない不思議を、ありがとうございます。 うまく言葉にできない感情を、ありがとうございます。 うまく言葉にできない故のありがたさを、ありがとうございます。 ※なぜか文章を書いている間、星新一の『おみやげ』が浮かんでいました。
ラサさん、どうもありがとうございました。 |
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2009年08月18日
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やたら味の濃いトマトカレーを食べて、あんまりだから冷たいミルクティーを買って会社に戻ると、一葉のハガキが届いていた。 + + + 3月。 まだあったかい缶コーヒーが恋しかったころ、一人の障害者を取材した。しーちゃん(仮名、31歳)は生まれつき自閉症だけど、彼の描く絵は一端のアウトサイダーアーティスト並みに立派だった。 最初、息子を「もの珍しさ」から取材しようとしているのかと訝っていたしーちゃんのお母さんから、暑中見舞いのハガキが届いたのだ。 毎週、楽しみに貴紙を拝見しております。お久しぶりです。○○の母です。 当初、新聞に載れば「息子が純粋に楽しんで描いている絵に値段をつける人が群がるかもしれない」と取材に非協力的だったお母さん。「いつまでも息子に好きな絵を描かせてあげたいだけなんです」 それは、お腹を痛めて産んだ子が健康だろうと障害者だろうと、ニートだろうと犯罪者だろうと変わらない(と思う)、ただの純粋な親心なのだ。 「しーちゃんはね、障害があるから自分の考えていることがうまく喋れない。でもそれは何も考えていないわけではないんです。それ(言いたいこと=気持ち)が絵という手段だったというだけなんです」。 そんなしーちゃんが初めて描いた絵は、養護学校の下校中に、そこらへんのクソガキに飛び蹴りを食わされて田んぼに落ち、帰宅して泥だらけのシャツの理由を問いただしたお母さんに応えて描いた絵だった。 お母さんは悲しげな目をしながら、ペンを走らせる僕の冷たくなったコーヒーを入れ替えながら語ってくれたものだった。 * * * 結局、細心の注意を払って記事を書いた。その後、記事を読んだ同じ障害を持つお母さん仲間と10年ぶりに再会できたといううれしい出来事もあったりした。 新聞に福祉関係の記事が載ると、イリくんが書いてくれたのかもと思い、障害を持つ子の親としてとてもうれしい気持ちです。しーちゃんも元気です。毎日描いて、走っています。 そうだ。しーちゃんはマラソンも大好きだった。僕もこの前マラソン大会出たよ〜と伝えたい。ふと、2回目に取材に行ったときに、突然絵を描く手を休めてお茶とお菓子を僕に持ってきてくれたしーちゃんが浮かぶ。 お茶を乗せたお盆を置く時に言葉にならない言葉を発した。かなり不明瞭な言葉だったけど、僕には「はい、おにいさん」と聞こえた。 暑い日が続きます。イリくんもお体ご自愛ください。 母 お母さん。 この世で一番、甘い響き。 いつもより甘く感じる、ミルクティーみたいやわ。
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