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金曜日の朝だったか。
トーストをかじっていると、突然(いつも「突然」なのだ)母親がニコニコしながら工場で着る黄色と黒のエプロンを翻し「お母さんがもしボケたら、施設に送っちゃっていいかんね!」と言った。
突拍子もないことを言って家族を笑わせるのが特技と言っても過言ではないウチの母親だけど、こういう話題もさらりと言ってのける。
一瞬、アヲハタイチゴジャムをいっぱい塗ったトーストの味が分からなくなるくらいビックリしたけれど、これが僕のお母さんなんだなぁと思う。
イリ「何で急に・・・」
母「ん。だーかーらー」
一昔前の女子高生みたいな、間延びした声で言ったことの要旨は、こうだった。
もし、自分がボケても「家族なんだから自分たちの手で介護しなければダメだ!」という風に考えてほし
くないということ。さらに言えば、自分を介護してくれることで僕や弟が将来つくるであろう家庭に迷惑をかけたくないということ。
つまり、純粋な家族愛が、次の世代をつくっていく新しい家庭を壊すことを恐れているということだろう。
その心意気は、買いたいと思う。祖父母の世話などを通して、母親なりに考えたことなのだろう。でも、いきなりすぎて、驚く。
イリ「でもさ、そんな先のこと今の今からそんなにニコニコしながら言われても・・・^^;」
母「ん・・・、そだね。仕事いってくる!^^」
そう言って、母はひらりとエプロンを翻し、仕事場に向かう。いつものように、元気いっぱいで。
僕は、まだ半分くらい残っている冷えて固くなったトーストを見つめながら、あとどれくらい今朝と同じような風景が見られるのだろうと思った。
でも、そんなこと誰もわかんない。知りたくもない。明日かもしれないし、10年後かもしれない。いつそのときがくるかなんて、誰も知らない。
だから、いつもと同じように「お母さんはボケたんだ。もっとおもしろいツッコミいれりゃよかった」と苦笑しながらいくぶん屈折した反省をする。予定調和の会話にも、真実はきっとある。
日常の愛おしさって、こういう瞬間にあるのでは、ないかしら。
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